「あ~、そうだった」ダグアは頭を掻いた。「いつだって僕は厄介に巻き込まれるんだよねえ。なんで僕らを追っているんだろう?」
「竜騎兵は大抵大金を持っているからですよ」
「僕はそんなに金を持っていない。奴等と話をつけようか。当面の小遣いくらい失ったところで、さして痛くもない」
「止めて下さい! そんな冗談全然面白くありませんよ、知っているでしょう。竜の身体は死体でも高額で取引されるのです。肉は無論のこと、鱗、爪、牙、目玉、骨、皮革、髭、血液、胃酸、臓物……」自分で言いながら竜は震え上がった。
「なるほど。捕まったらブレード、きみは八つ裂きだな」ダグアはさらりと言った。「捨てるところが無いとは、すごいねえ。食材、装飾品、鎧、弓、武器の材料、強壮薬、毒薬、呪術の触媒……」
「対処を、お願いします!」ブレードは悲痛に言った。追っ手は後ろに迫っているのだ。まだ距離はあるが。ブレードは命令無しに、勝手に速度を上げて逃げ出したりはしないのだ。もしそんなことをすれば、体力が尽きて結局は敵に倒されてしまうだろう。だから、主人の意見が必要なのだ。
「そう慌てるなよ。まだ背後を取られたわけじゃない」ダグアの声は、相変わらず呑気だ。
竜は、歯軋りしたいのを堪えていた。「対策はあるんでしょうね」
「とりあえず高度を取ろう」
「雲に逃げ込むのですね」竜は直ちに上昇を開始した。ブレードは悩んだ。ダグアへの信頼が薄らぐわけではないが、この決定的に緊張感の欠落した性格は、戦士として吉か凶か……
ダグアの作戦通り、ブレードは高空へ昇った。もっとも高度を取った反面、前進速度は落ちている。翼の揚力を生かして斜めに急上昇した結果の、やむを得ない効果だ。
二騎の追っ手は二手に別れていた。一騎は進路を変えず後ろ下を飛んでいる。もう一騎はブレードと同じ高さに上昇している。その分、後方に遅れているが。散開して互いに援護しあいながら敵を攻撃するのは、作戦の一つだ。ブレードは聞いた。「どうしますか?」
「手頃な雲が無いね」
「知覚できないのですか? あなたの能力で」
「ちょっと遠すぎるな。この辺りには小さくて薄い雲ばかりだ。もっとも、危険な嵐や乱気流も無いが」
「では、やむを得ません。今の体勢の利点を生かすため、応戦するべきです」
「またか。僕が争いを好まないのは、知っているだろう?」
「ですが、優秀な戦士に成れることも知っています」
「それはどうかな。敵さんは、どちらもでかいねえ」
間延びした声でダグアは言う。
「揶揄は止めてください。どうせわたしは小さいですよ」ブレードはいらいらと言った。「敵に攻撃の意志があることは明らかです。選択の余地はありません」
「そうだな。やむを得ない。では、始めようか」ダグアは決断を下した。「ブレード、反転。急降下し下方の敵を狙う」
「そうこなくては。相棒」
ブレードは軽快に、前進速度をさして落とさずに急旋回し背後を向いた。翼を後ろへ伸ばし、急激な角度で降下、滑空を始めた。猛烈な速度で敵竜に迫る。高さを速度に、あるいは速度を高さに変換する。これを機動に組み入れるのが空中格闘戦本来の戦法だ。
「いいぞ、ブレード。このまま少し間を開けてすれ違うだけでいい。攻撃は任せてくれ」ダグアは石弓を用意していた。念を入れて命じる。「炎の息を使う余力は、僕が失敗した時のために残しておいてくれよ」
見れば敵は空中に静止し竜の鞍の上で、長槍を構えている。静止したのは正確にランスを突き刺すためと、衝撃から身を守るためではある。竜どうしの戦いですれ違い様にランスを使うと、衝撃が大きすぎるのだ。下手をすればランスを突き立てたほうも反動で吹き飛び、衝撃で負傷するか失速して落下しかねない。
それでも竜の乗り手の多くは馬に乗る騎士の持つような、ランスを使用していた。ダグアはこれを非実用的な武器だとして扱わなかった。竜の飛行の邪魔になるだけだと。
では、有効な得物は? ダグアは石弓を愛用していた。これは、うまく命中させれば竜の翼の被膜を裂くことができる。太矢はそのための専用に、矢尻に刃が取り付けられている。それ以外の目的ではあまり使えない。竜はその硬い皮革と鱗で、大抵の攻撃を撥ね除けてしまうからだ。後は、乗り手を攻撃するくらいだ。
真正面から対峙する! たちまち視野を埋め尽くす敵竜の口から、けたたましい咆哮が轟いた。
二頭の竜は高速ですれ違った。敵の迫りくる炎の息を、突き出されたランスを、ブレードは弧を描いて飛び優雅にかわす。すれ違い様、ダグアは定石通りに石弓を放った。至近距離だし接近の速度も加わっているので、威力は相当のものだ。
太矢は狙い通り、敵竜の片翼の被膜を裂くことに成功した。浮力を失って、竜は降下していく。戦闘不能だがこの程度では墜落しないから、乗り手は無事なはずだ。傷もいずれ治る。
ブレードは無為に殺しをしない主人を、高く評価していた。空賊といっても同じ人間、食い詰めた難民や王国の敗残兵がほとんどなのだから。彼らにだって生きる権利はある。
いまのような乱世において、武力で糧を得る、つまり弱いものから略取するのは戦士の誇りですらある。もっとも主人はそんな真似はしないのだが。武人の名誉、なんてものを鼻で笑うのがダグアなのだ。
もう一騎の敵は……。
「素人だな」ダグアは敵を評した。敵はブレードの背後に螺旋降下(速度を上げすぎないための、回転しながらの降下)をしている。ブレードの降下につけこんで同じように降下し攻撃するなり、高度を保ち優位を確保するなりすればいいのに機を逃した。
確かに、敵の背後に回り込むためには、敵より前進速度を落とす必要がある。しかしそれは左右にハサミを繰り返した末、相対的な速度が減少する結果としてが本当なのだ。相手の背後を取れない状況でただ空中で減速や降下などするのは、意味はない。機動性を失う結果になるだけだから。
ましてや空中で静止するなど、愚の骨頂だ。滑空するのに比べて静止は遥かに竜の体力を消耗するのだから。敵は軍馬に騎上し戦斧を構えた騎士よろしく、騎竜の足(翼?)を止めて打撃戦をするつもりなのだ。
甚だしい時代錯誤だ。これからの主役になるであろう航空戦に、通用はしない。いや、それは逆かもしれない。主人の機動こそ、失われて久しい古代の戦術通りだと。
ダグアは命じた。「ハサミを持ち出すまでもないだろう。ブレード、好きな角度から攻撃しろ」
ブレードは敵に素早く容易く追いすがり、ひらりと旋回し、背後を取ることができた。こうなってしまえば敵竜は高度と速度を落としていた代償として、逃げることも反撃することも出来ない。ブレードは爪で敵竜の翼を鋭くつかんだ。ぼきりと音がし、骨が砕けたのが分かる。
ブレードは爪を離した。この敵竜も力を失って弱々しく地上に滑空していった。
「よくやったぞ、ブレード」ダグアは声をかけた。「疲れたろう、もうしばらく進んだら降りて休もうか」
両者は、互いの特性をよく知っていた。小柄なブレードは旋回能力と加速度、上昇下降といった機動性には優れるが、最大速度は並みだ。欠点として、持久力、爪牙の攻撃力、吐息の火力の不足が上げられる。本来は偵察目的で使われる種類なのだ。逃げ切れず、やむなく戦ったのもそれが理由だった。
斥候員だったダグアとブレードは、通じることが多い。過去ブレードは、単身危険な任務に就くことが多かった。そのため神経的に鋭敏だ。これもダグアに通じる。ダグアの知覚力は超人的なのだ。魔法の目、千里眼と呼ばれるほどに。
「あなたこそ、ダグア。流石は我が相棒です」ブレードは満足気に言った。自分より強大な敵二騎と戦い無傷で生き残ることなど、今の主人で無くては……「撃墜王の名に相応しいですよ」
(続く)
後書き はい、主人公ダグアこそ撃墜王です。かれは最強の竜騎兵にして地に降りてなお練達の刺客でありますが、戦乱の世に背を向けて生きています。かれが撃墜王である事実は、騎竜ブレードを除いて誰も知りません。しかし人々と世界の運命は戦禍加速し!?