自ら挑んだ決闘の結果とはいえ、フレイは悲しみに泣き濡れた。何故シオンが無理に侵略戦争を押し進めたか、結局わからずじまいだった。
まったくうやむやだが、フレイはアルセイデスの太守となった。シオン直属の部下が忠誠を誓ってくれなければ、とても他の兵士は従えられなかったろう。
二人の将軍、アトラトル(アトゥル・アトゥル)とブラックジャック。それに最高位の文官職にあった、スティレット。シオンの他の部下は、都市ナパイアイに残った。この体制を確立することで、なんとか都市をまとめることになった。
英雄騎士ファルシオンの喪失。この隙を、他の都市が見逃すはずはなかった。ごろつきまがいの野心家どもは、容易く得られそうに見える餌に踊らされたのだ。そうして戦争は起こった。アルセイデスとナパイアイは、侵略を受けた。
だがフレイたちは、餌にはならなかった。先の、仲間たちの献身的な活躍により。
「なんとか難局を乗り切ったわね」フレイは大きく息をついた。「だけどそれから、戦局が転々とすることは分からなかった。『あれ』が現れてから」
「今でも信じられない思いです。あれ……文字通りの竜騎兵。軍馬ではなく、正真正銘の巨大なドラゴン、竜に騎乗した竜騎兵が空を駆け巡り。手当たりしだいに虐殺と略奪を働いた。シオンがかつて倒した魔物、恐ろしく忌まわしい竜が何百頭も。皮肉なことに仲違いしていたはずの各都市は、団結して共通の敵に当たらざるをえなくなった」
「たくさんの人が死んでいったわね。圧倒的な竜の攻撃の前に」
「身にまとう硬い鱗は矢を受け付けず、吐く息は火砲に匹敵する。高速で空を飛び、対抗しようにも攻撃はおろか逃げることさえ適わない。牙も爪も巨大で致命的」スティは身震いした。「やつらは悠々と宙を舞い、戯れに家屋を破壊し、気紛れに降下しては逃げ惑う人々に業火を吹き掛け……」
「シオンは、まさに勇者だわ。たとえ魔剣を帯びていたとしても、竜を仕留めるなんて。なぜこんな化け物が現れたのかしら」
「伝承では。竜はその「魔剣」によって支配されるとされますが」
「でも、シオンは魔剣を封印したはずなのよ、自らの命と引き換えに!」
「そうですね。もしやシオンは生きて……いえ、彼のような高潔な騎士にあり得ませんね。なぜかは、わかりません。でも、竜の脅威は半減しました」
「そうね。信じられないけど、その通りだわ。突然現れたずば抜けた一騎の竜。それがほかの竜を駆逐した。その乗り手は、信じられないほど巧みに竜を御していた。こんな英雄がいるなんて。戦いが終わると風のように去っていき、名前もわからない。彼のうわさはところどころで聞くわ。どこかに必ず、潜んでいるはず」
「いつしか民衆は彼を『撃墜王』と、呼ぶようになりましたね。その竜騎兵さえ、味方にできれば」
「奇妙な言葉よね、撃墜王とは。古代の魔法の時代、空飛ぶ敵を多く倒した戦士に与えられた称号というけど。結果、邪悪な乗り手たちは追い払われ、何頭かの傷付いた竜が捕らえられた。わたしが竜どもと会話が出来たのは驚いたわね」
「もっと驚いたのは、その一頭があなたに恭順の意志を示したことです」
「おかげでわたしたちは、竜に乗った賊どもをなんとか退けることができたのよね、今までのところは」
フレイはその竜を自分の騎竜にした。空を飛ぶなんて怖かったが、自分がやるしかなかった。竜にはファルシオンと名をつけた。騎士シオンが天界から見守ってくれることを祈って、なんとか竜に乗る恐怖を乗り越えた。
竜シオンはフレイが勇敢な騎士でいる限り、絶対の忠誠を約束してくれた。他の二騎の竜は、ジャックとアトゥルの騎竜となった。
実のところ、撃墜王になり得る人物はいるのだ。元王国士官レイピア。しかし軍人たる彼ならば部隊を組織し率いて戦うはず、故に撃墜王とは別人物だ。
現在はなんとか賊の竜騎兵、通称「空賊」を退けている。だが辺境の彼方から来る、竜は大勢いる。
旧王国の外は、辺境と呼ばれる未開の地が広がる。隣国が一応あるものの、国境紛争すら無くなって情報が途絶え、もう十年近くになる。さらにその外はわからない。
はるか遠く、そこになにがあるのだろうか。探索を試みる冒険者はまず生きて帰らない。昔の地図は参考にならない。伝承で大地を抉り海と変え、海を蒸発させ砂漠に変えたとされる、融合炉の惨劇の凄じさだ。おまけに伝承では竜の数は途方も無く多いとされる。伝説の光の文明のころ人間は、馬のかわりに飛竜を足にするのが普通だったなんて伝えられるのだから。
いまや竜を配下にしたものは大勢いる。それも大半は都市を守ろうとする市民ではなく、ごろつきまがいなのだ。そうしたものが強大な力を手に、新たな豪族士族階級になろうとする野心を抱いている。
となりの都市ナパイアイでは竜による保護を持たない太守が、そんな竜の乗り手を何人か傭兵として雇った。賊まがいの荒くれを、この上ない高給で。ナパイアイは同盟都市だが、いつ暴発するか知れたものではない。
スティは報告した。
「今朝また見慣れない一頭が発見されています。本当なら他の賊まがいの竜と手を組んだら厄介ですね」
「縄張り争いで、自滅してくれればいいんだけど。悪は自らを蝕むものよ」
「戦は常に相対的正義のぶつかり合いです。どんな敵であれ、自分なりの正義を持っているものなのです」
「確かにその通りよ。意見の相違からわたしとシオンは袂を分った。それを言うならあなたの主人との戦いだって……」
会話、というより追憶はまだ終わらなかった。二年がたっていた。騎士フレイルがシャムシール卿ファルシオンの地位を継いでから。
英雄騎士シオン。騎士フレイのもとの隊長。その部隊ランスには。参謀レイピア、狙撃騎兵ヴァイ、刺客ケインらが名を連ねており……そのうちの一人に斥候員を務めていた少年、ダグアの名があった。
(続く)
後書き 会話文だけでしたが、ここに物語の中心人物が集中しています。フレイの部下の将軍ジャックとアトゥル、かれらはあまり登場しませんが。フレイの上官の騎士シオン、先輩の知勇兼備のレイピア、元恋人のヴァイ。ダグアの刺客としての師ケイン。ですが、多すぎるので登場まで忘れて構いません(笑)。