なによこれ……数時間新都心で時間を潰し、帰宅ラッシュ時の夕刻家に着くと、真理は茫然とした。
昨日、ドラゴンの攻撃により半壊したはずのわたしの家は、どこも壊れてはいなかった。直った、というのとも違う。そもそも壊された痕も直した痕もない。倒されていたはずの植木や、盆栽までなんともない。どういうこと?
なにか別世界へ引き込まれたような、タイムトリップしたようなパラノイアに襲われる。時計の日時を確かめる。時はちゃんと流れている。日付に間違いは無い。
中に入る。一昨夜に戻ったような静けさ。しかし、食べた分のシチューは無くなっていたし、自室へいくとわたしが投げ飛ばしたマクラや目覚まし時計は散乱している。片づけ忘れた裁縫道具も。メイドの衣装はクローゼットに掛けてある。
気でも狂ったのだろうか? すべて夢落ち? 幻覚や幻聴があったとでも? それとも妄想。
しかしわたしの手には、涼平から渡されたエアガンシュリークに、直人から渡された何かのメモリチップが確かにある。データ、パソコンで開いてみようか。
モニターにファイルがずらりと表示される。かなりデータ詰まっているみたい。それもファイル名はわたしにはよくわからないものばかり。ためしに、一番最初のテキストを開いてみたが、小難しい専門用語に理解できない数式の群れで、さっぱりわからなかった。数件調べたが、どれもそうだった。
と、動画ファイルがあるのに気付く。これならわかるかな。映像を出してみた。動画ファイルは、テレビの科学番組風に素人でも概要なら把握できるように編集されたものらしい。人工知能の作り方。これも半分も理解できなかったが、とにかく全部見た。
(……要は、オブジェクト指向プログラミングの、継承と多態性機能を使う。パソコン上に、架空の神経細胞ニューロを作り出す。それはくもの巣状に多岐分岐する。
なんらかの情報、つまり刺激を与えるとその分岐シナプスは増え、また新たなフィールド、ニューロも増えていく。
最初の頃の刺激による変化はランダムだが、使われないニューロは変化せずたびたび刺激されるニューロはある種の方向性を持って増えていく。やがてその方向性が、確固としたものになれば、なんらかの特性をもつ回路は成立する。
生物の進化と同じだ。最初の原核生物が現れてから、多細胞生物が現れるまで十億年掛かった。これは原始的な生命体が、明らかな方向性を持った進化を遂げることに困窮した結果の長さだ。
しかしひとたび多細胞生物が現れると、進化は加速している。原人が人類に進化するなんて、ほんの十万年だ。
自動プログラミングで生まれるこの仮の神経細胞。これに明確な方向性を初めから提示してやれば知能は爆発的な進化を遂げる。
問題はその方向性だ。構成物質としては知性を司る神経も、単に条件反射する末端神経も変わりは無い。
地上の生命は「食べる」ことを明確な方向性とし進化してきた。「食べる」を「戦い」と言い換えてもいい。後は「繁殖」だが。
植物ですら、例外ではない。植物は光と水、一部の無機質を食べて成長する。それを求めて、戦いすら起こる。光を求め競い合うあまり、森林の木は高く進化したし、その影となり日の光の得られない芽は死滅する。水を得られない種も同様。
その方向性を、日本中央バイオニクスは遺伝子操作レベル、人ゲノム解析から行っていた。ドラゴンは既存の生命の器官をより合わせて作られたキメラ(合成獣)だ。戦闘用に、特化されている。
ジェイルバードは逆に、進化を最初から進ませることをヒントにした。小さいのに多彩なる社会生活を営む生物……虫に。
情報理論の情報量とその処理能力からいって、ダニのように微小なのに生物活動するなんて、電子計算機の人工知能では考えられない。神経細胞数から計算しても、コンピューターのメモリ容量と比較するとはるかにダニの方が少ないはずなのに、ダニは生きている。
まして、最新のコンピューター技術を持ってしても蟻のように小さいのに活動し、なおかつ社会生活を営める機械ロボットなんて作れない。不可能だ。
ここに、人工知能開発は頓挫するかに思えた。しかし。
その結果わかったのが、脳は単なる思考回路ではない、という事実だ。脳は心という器、器は魂を受け入れる媒体、端末に過ぎない。感情によって満たされ生き物を個として確立する受け皿だ。本当の人間、いやすべての生命体の精神は時空の彼方にあって。そこから、個々の生命に情報をやりとりしている。フロイト心理学を出すのはややこしいのでやめるが。それがすべての魂の集う、言うなれば天界。すべての魂の故郷。人は死しても魂は還って行く。脳なんて、個人の記憶の一時のメモリー回路に過ぎない……)
わたしは愕然とそのファイルを見つめていた。もちろんこんなこと、一部の異端研究者のとんでも説に過ぎないかもしれないけど。
ランバージャック。彼のファイルにはこうまとめられている。
(虫の神経回路を解析しそこからプログラムを自然進化させた結果、短時間で人工知能を作ることには成功した。だが人間が知性を有しているとしても、自分が自分であると自覚する中心の部分、魂の存在は計り知れない。機械に魂が宿るものか。
コンピューターは人間が一生かかってもできない計算を、一瞬で解ける。だがそれだけでは知性とは呼べない。わたしの試作プログラムは自己判断を可能にし、感情をも有するが。自我。こればかりは手に余った。だが、思考回路は自らの存在を主張している。わたしはここに、考、波、顕示の誕生を記録する)。
詳しくはわからなかったが、とにかくこのシステム開発により、ジェイルバードの資本は千億円を超えたという。日中バイオは十兆円企業だから、それに比べたらゴミだが。とにかくジェイルバードは日中バイオと戦っていたらしい。
こんな小難しいことわかんないよ! でも。これだけはわかる。
人間、目を見れば大抵の事はわかってしまうものだ。人類進化数百万年に及ぶ、顔面の表情筋の発達のためだろうか。澄んだ心をしている人の目は、きらきらしている。心が澱んでいれば目もどんよりと濁る。希望に溢れる人の視線は透き通っているが、欲望の野心に燃える人の目はぎらついている。
感情もたいてい目で読み取れる。明快な笑いや怒り、悲しみはもちろんだが軽蔑の視線、下心を抱く視線、憐憫のそれすらも読み取れる。よほどのペテン師でない限り、悪意を抱く人の目は判別できる。涼平の視線は穏やかで澄んでいたが、同時に堅い決意を秘めていた。直人の視線は暗雲にどんよりとしていたが、同時に悪戯な謎を隠していた。憎しみと悲しみ、それではないかとわたしは思った。
閲覧を休憩しようと時計を見ると、もう九時になっていた。外は真っ暗だ。夢中になって、空腹感も感じていなかった。習慣的に、机に置きっぱなしだった携帯を確かめる。メールが来ていた。送り主は……名は表示されていない。他人だ。アドレスは出てるけど、なにこれ? (I will cast the Tiltwait to you.ne.jp)。
とにかくメールを読んだ。
(きみがこのメールを読んでいるということは、二つのことを意味している。きみはまだ死んではいないということと、一線を超えてしまったということだ。きみはいわば、不治の病に掛かった。言い換えると、きみは魔力を手に入れた。狂気、という名の魔力を。家に帰って、びっくりしたろう。きみは現実を書き換える能力に目覚めた。その力が味方となるか敵となるか。それはきみ次第だがね)
間違いない、これは直人からだ。どういう意味だろう。わたしは気が狂っていたの? と、そのときだ。
「きみは化学部だろう、化学で考えな」どこからか、直人の声がした。携帯ではない。方向はわからない。家の中とも外とも。思わず窓から庭を覗くが、誰もいない。幻聴? それとも家が監視盗聴されている? わたしは声を上げた。
「直人!? あなたなの、悪戯は止めてよ!」返事は無かった。が、どこからかくすくす笑う声がする。「どうしてわたしはこんな目に遭うの? まさかわたしが遺伝子操作されていて、シザーズの遺伝子と繋がっているとか」
「パラノイアの症状が出ているな。そうじゃない。自分で考えるんだな」
わたしは必死に、冷静になろうと努めた。考え、思い当たる。
人は情報という広大な海の中に生きている。一歩都会の街中へ踏み出せば、聞こえてくる人間の会話だけで随時数種から数百種。述べ時間に換算すると、ほんの十分程度で幾万という会話が耳には入る。しかし普通、人間はそんな余計な他人の会話なんかに気には留めない。
自分に係わりがあるかに思えるデータだけ拾い上げて耳は聴こえる。そのこと自体は円滑に生活するために欠かせない機能だが。自意識過剰になるとその結果、周り中の人が自分を知っていて自分の噂話や悪口を言っているかに聴こえる。
幻覚と幻聴、それに妄想。これは現実の世界と区別できない。
恐ろしい事実を悟る。精神病患者にとっては、どんな荒唐無稽な戯言に聴こえても、自分の体験したことが現実なんだ。脳は現実も幻覚も区別できないから。自分の体験に合わせて、現実の方が書き換えられるんだ。
極論を言えば、地球は平らだと信じている人は平らな地球に住んでいるし、世界の果てに行けば奈落に落ちるのかもしれない。
わたしはある意味、狂った。ある意味、狂ってはいない。わたしの体験に合わせて、現実の方が変わった、狂ったんだ。
さらに心理学を思い出す。健常な人と精神病の人とに、境目なんかないんだと。誰しも狂わんばかりに感情が乱れる事はある。悲しいときや激しい憎しみを抱いたとき、あるいは予想にもしないほど喜ばしいときに。誰しも狂気の世界に足を踏み入れうるんだ。
しかし大抵の人は、心の天秤のバランスを保ち。精神科医なんかに頼ることなく人生を終える。精神科医は、患者が精神病であるかどうかを見分けることはできる。しかし、健常者を病気ではないと診断することはできないんだ。
人生のうちで。積もり積もったストレスやトラウマの蓄積で、人は発狂する。だからもし人が不老不死などであれば。いずれ全員発狂する。そもそもが。自分が自分であり、他の誰でもない、他の誰にもなれない。人生は一度きりという事実。なのになんで他人の存在が信じられる?
平凡な家に生まれ、当たり前に学校へ行き、見聞きするのはテレビや新聞で、『編集された』世界の情報。なのになぜ世界が教えられるままに信じられる?
薬学においても、偽の薬で患者を安心させること。プラシーボ効果。それが大抵の健常者にとっては一番の良薬なんだから。笑う角には福来るってやつよね。
皮肉なことに、いくら栄養があるからって、子供に嫌いなものを無理やり食べさせても逆効果だ。気持ち悪いものを食べた、として精神的にストレスを受ける。ひどくすると身体にも悪影響が出る。もともと身体が受け付けない、食物アレルギーを別としてもそうなのだ。人間の成長過程においても。
背が伸びていくと回りのものが、小さく見えるようになるものだ。テレビゲームの敵キャラも、最初は恐ろしく重厚に映る。それが一撃であっさり倒せるようになると、なぜかそのグラフィックがペラペラに思えてくる。小さい頃読んだ漫画の画力も、何年もたってから読み直してみると。過去の記憶より稚拙に見える。
心は現実を映し出す鏡。目や耳に頼っていても、特別な心を揺さぶる出来事で無い限り、記憶として残らない。おまけに、記憶は美化されたり自分の都合よく歪められたりしてしまう。
人間は自分の記憶を現実としているが、実は自分で自分の記憶を編集して組み立てなおして現実としているんだ。
いつからだったろう、電車や車に乗るときに、流れゆく窓の外の風景を飽きることなく見つめることをしなくなったのは。知的探究心が、偏って化学の道を選んだのは。
人間関係に屈折し、リストカットを繰り返していた二年前の弱いわたし。対して男をいじめるなんてされるくらいのいまのわたし。変わったのはわたし、それとも世界?
人間の意志、想像力は現実を書き換えるんだ。わたしは事実を知ってしまった。