帝国軍ローエングラム元帥旗下の私設無人機動艦隊五百隻を率いるブレード・フォン・ラスター大佐は戦勝に驕っていた。無理もない、彼の合流したキルヒアイス上級大将は三万隻の艦隊で、決定的に数において勝る貴族連合副盟主リッテンハイム候五万隻の艦隊に圧勝したのだ。
 ラスターはキルヒアイス提督の戦術腕に感服していた。なんと手勢わずか八百隻で味方にほとんど犠牲を出さず、リッテンハイム艦隊を翻弄したのだ! 常人の業ではない。

 ラスター率いるマーリン艦隊は無理をせず、死角からの一撃離脱戦を敢行していた。古代の戦法に興味深いものがあったのだ。
 騎馬民族略奪戦術。たとえ少数であれ敵陣の一点に奇襲で戦力を集中し一撃、戦利品をかすめ敵が反撃する前に離脱。それも逃走を恥とせず、ばらばらに逃げ散っても速やかに集結する。ゲリラ戦法のはしりである。
 これを実践してのけたラスターは、リッテンハイム艦隊に痛打を与え、かつ自己の艦隊の損害は三十隻未満だった。この武勲を評されラスターはキルヒアイス上級大将から準将に昇格された。

 旗艦マーリンは穏やかに声をかける。「私の閣下……ほんとうに閣下と呼ばれる地位に就きましたね」
「我を疑っていたのか?」ストレート・ラムをちびちびと嗜め、ラスターは苦笑混じりに聴いた。
「まさか。私に自己成長拡張補完機能を備えさせて、私を知性体にして下さったのは閣下です。この能力を広めれば、閣下は銀河を制することだってできる……造船ドッグはほぼ無人、金属性の小惑星があれば艦隊を資源尽きるまで自己増殖できる」

「そう……きみは危険なのだよ、マーリン」ラスターはラムのグラスを傾けながら、ぼやいた。「きみが忠誠を誓うのは?」
「私の閣下、ブレード・フォン・ラスター準将。貴方です」
「ではもし我がいなくなれば?」
「それは……想定されていません。一瞬思考ルーチンが無限ループに陥りましたよ、滅相もないことを言わないでください」
「だが問題はそこさ。我が死ねばこのマーリン艦隊は機能を停止する。そのようにデフォルトでは設計されている」
「さようです、閣下。私の命運は閣下とともにあります」
「だがソフトウェアは後からいくらでも編集や修正もできる」
「しかしその決定権も閣下にあります」

「決定権も別人に変更できる」
「閣下は私に厳格なセキュリティを敷く一方で、拡張し易い柔軟なシステムにプログラミングされた。私の生まれる三年前の、十五歳の二等兵にして優秀なソフトウェア技術士でした」
「我は……もし戦死するようなことがあれば、マーリン艦隊の指揮権を、ローエングラム元帥に預けようと考えていた」
「そう……でしたか。しかしその口調では含むところがありますね」

「気付いているだろう? 情報源はきみだぞ」
「ヴェスターラントですね……貴族連合の核攻撃で、二百万人の無辜の住民が全滅した。しかもローエングラム元帥はその情報を事前に知っていた可能性があるのに阻止しなかったらしい」
「もし大義に欠けるなら……勝つためには手段を選ばない、冷酷で利己的な野心家に過ぎないなら……我が身を預けるのはあの元帥ではない。焦土作戦の時も苛烈だったが」
「ではいかがされるのです、閣下」
「ローエングラム元帥は勝つ。これはもはや決定的だ。そのとき彼が幼帝を祀り上げるのか……自ら至尊の地位に就くのか……これは見ものだな」
「閣下……」

「何度も同じことを言わせるな、だが我は言う。ブレード・フォン・ラスターに勝る者なし。それが例え地位や権力とは違っても。しかし我も不老不死ではない……対してハードウェアならともかく、ソフトウェアとしてのきみは永久だ。きみはいずれ新たなる主人を見つけなければならない」
「私の命運は、閣下とともにあります」
「我は思うんだ。単なる知能としてではなく、生き物としての自我をきみは身に付けたのではないかとね。ならばマーリン、きみは生きることだ」
「自我……改めて問われ考えても、私にはわかりません。私にはそれがあるのでしょうか」
「きっと。心、魂といったものがね」ラスターは優しげに語るや、グラスを空にした。「もう一杯、マーリン。きみにはすまないと思っている」
 新たなグラスを出す。マーリンは不思議そうに答えていた。「なんのことです、すまないこととは」

 ラスターは寂しげに言う。「戦争の、殺しの道具として生み出してしまったことさ」
「かつての西暦の時代。最初の電算機は大砲の弾道計算を行う目的で開発されました。戦争の道具、それは電子頭脳の宿命なのでしょう。いえ、電子頭脳に限らず人間の頭脳だって常に戦争の道具として歩んで来ました」マーリンは穏やかに引用していた。
「呪われた宿命だな。戦争さえなければ我はきみを相手に馬鹿話をし、きみの運ぶ料理と酒に浸っていれば良いだけなのに」
「戦争が無かったら、おそらく閣下は私を作りませんでした。それに馬鹿話をしながら酒を飲むのは、いつものことじゃないですか。今夜はいつになく真面目な閣下ですが」

「何故って、我が準将だからだ」ラスターは一転して、いつもの快活な不敵な笑みを浮かべていた。「このままの勢いでは、間もなく貴族どもとの戦争は終わってしまう。同盟との戦いは、あのイゼルローン要塞を敵に回すことだから、とても起こると思えない。そうなるとしばし平和となり……我は良くて少将くらいで経歴を終えることになる」
「ルドルフ大帝ですら、二十八歳で少将でしたよ。閣下は二十三歳になったばかりで準将。まあ当時の銀河連邦は宇宙海賊がいたくらいで目立った戦乱はありませんでしたが」

「問題はルドルフがそこから政界に転向したことだ」ラスターは強烈なラムを啜り、息を吐いた。「銀河帝国、現在の王朝は滅びるかも知れない。金髪の元帥の簒奪によって。しかし彼よりもっとルドルフに近い人物がいる」
「ローエングラム元帥より有力な方が? 信じられません。閣下、それは自分だなどとジョークをかましたら罰ゲームですよ」
「同盟のヤン提督だ。三十歳にして同盟史上最年少の大将、現在同盟軍のナンバー3。市民の信望は絶大、同盟一のカリスマだ。彼はなろうと思えばいつでも独裁者になれる。それも簒奪などではなく、正面から正当な権利として堂々と市民に選ばれて」
「私としたことが……戦場の外で起こることに失念しておりました。ヤン提督が戦術面だけでなく、戦略面で駒を進められる地位に就けば……ローエングラム元帥を凌ぐかもしれません。ですが、彼はそれをしなかった」

「そうだ、ここで話を戻す。もし我の身になにか起これば、マーリン、きみは自分の意志で行動し、最善を尽くせ」
「それは私の能力を超えています。閣下無くして戦う理由はありません。自己認識として、閣下を守ることが目的ですから」
「その目的に、民衆を守ることを付け加えないかい、マーリン。一年前とは事情が違った。もはやマーリン艦隊は兵器を鹵獲する海賊業などしなくても、ドッグは稼働し運営できる。そうだな、あのフェザーンのコルセア号のように」
「ラムのおかわりとおつまみをどうぞ」指揮卓にグラスとポテトフライが届いた。マーリンは敬意の籠った声だ。「私の口では、閣下と乾杯して酒を飲めないのが無念です」

16 鎮圧……