無人機甲艦隊を駆り、張り切って辺境の平定に乗り出したラスター大佐は、艦隊指揮官としていささか拍子抜けしてしまっていた。確かに辺境居住惑星には数十隻の少数の敵艦しかいないのだが、マーリン艦隊五百余隻が迫ると戦わずに逃げてしまうのだ。一応は惑星を解放した、といえるが。
 それを、星域を点々と四回ほど繰り返したろうか。マーリンは戦いに勝ったと浮かれるラスターに忠告していた。「このままでは、敵艦隊に集結されてしまう可能性が高くなる一方です。私達は勝ってはいません。敵が『戦略的後退』をしただけです」

 鼻っ柱を折られたラスターは憮然としていた。「ではどうすれば良いんだい、マーリン」
「敵と対等くらいの少数の部隊を先行させ、戦局が膠着してから全戦力を投じるべきかと」
 疑問気にラスターは引用した。「戦いは戦力を一点に集中すべき、兵力分散と戦力の逐次投入は愚行と聞くが?」
 マーリンは断言していた。「時と場合によります。アムリッツアを覚えているでしょう、ローエングラム元帥は全軍の三分の一をキルヒアイス提督の別動隊に割き、背後から攻め込ませた。もしビッテンフェルト艦隊が健在なら、帝国艦隊は同盟艦隊の撤退を許さず全滅させていた可能性もある」

「なるほど。正面に敵を引きつけ、別動隊を死角から差し向けるか。挟撃とは当然過ぎて忘れていたよ」
「挟み撃ちに限らず正面からも、膠着した戦線に新たな戦力を投入するのは艦隊戦ではなく、陸上の歩兵戦では常道の戦術です。古典、クラウゼヴィッツの戦争論にもあります」
「確かに膠着した長期戦では敵味方の士気に影響するな」
「その通りです。意外と見落としがちですが、散兵戦術も重要なのです。戦列を二倍に広げれば、敵弾の命中率は二分の一となる」

「つまり、敵の二倍の戦力があれば半数を交互に展開すればよいのだな」
「それはキルヒアイス艦隊が実践しました。ヤン艦隊との戦いのとき、四倍の兵力を四隊に分けて差し向けた。ローエングラム元帥に幾度も苦汁を呑ませたヤンを相手に、被害はほとんど無かった。古代東洋の用兵では『車掛の陣』といったところです」
「恐れ入るよ。ところでキルヒアイス艦隊は辺境星区解放に回ったんだろう? 我といずれ合流できるな。どちらかというと我はイゼルローン回廊側から、キルヒアイス提督はオーディン側からで、とすると。彼の前にはガルミッシュ要塞が阻んでいるな」
 うなるラスターに、マーリンは意見していた。「あの要塞には戦艦主砲クラスの砲門しかありません。トールハンマーの様に一撃で戦局を変えることはないでしょう。犠牲は出るでしょうが艦隊でも十分攻略可能です。それより問題は、レンテンベルク要塞の方です」

「あれも要塞砲は小さいはずだろう?」
「オフレッサー上級大将が守っています。しかも、ガイエスブルグ要塞との位置的に、味方としては破壊せず攻略し橋頭保として利用したいところにあるのです」
「最悪だ! あの化け物と白兵戦の必要があるのか」ラスターは呻いた。「単独行動を許されたビッテンフェルト提督に感謝だ。我が相手しないで済む」
「ところで、レーダー透過装置が働いています。どうやらお客ですよ……いまのところ推定千五百隻。やはり敵を集結させおびき寄せてしまいましたね。ここは退きますか?」

 ラスターは数瞬、躊躇った。敵を招いてしまった責任は自分にある。まだ味方は貴族連合と大きな会戦はしていない。ここで退いたら敵味方の士気戦意に係る……腹をくくるか。
 ラスターは断言した。「いや、シミュレーターの再現といこう。数の上で不利に思えるが、どうせ敵艦の大半は駆逐艦より小さいだろうし。マーリン、一撃離脱戦を頼む」
 マーリンは指揮に従った。味方が動力を上げると、レーダー透過装置は敵の方が切り、互いの数と位置関係が明らかになった。やはり、五百対千五百だ。
 この戦術は幾度もテストしていた。艦隊の陣形を乱さずして、持てる最大加速度で敵艦隊にすれ違う形で突撃、砲火を浴びせ一撃離脱。反転してこれを素早く繰り返す。電算機処理のマーリン艦隊以外に成し遂げられる技ではない。

 最初の一撃時、ラスターは緊張していたが、味方に被弾はほとんどなかった。撃沈は皆無だ。対して、敵は火球に包まれているのが何十も見える。
 弧を描きながら、側面からのジェットコースターのような反転再突撃。さらに敵艦を撃沈していく。敵の隊伍は散々に乱れた。もはや組織的抵抗はできまい。次いでラスターは包囲陣を取り、敵に降伏勧告を打診した。返信は損傷艦から殺到した。
 無傷な敵はまだ千隻は残っていたが戦意なく、ばらばらに潰走している。兵力を分散して追撃はできない、見逃すしかないが。

 敵は大きくて巡洋艦がせいぜいで、指揮官は中佐か大佐くらいだろうし、統一された指揮系統が無かったはずだ、脆いわけだ。すると将官の司令の無い敵前逃亡だ、そうおめおめと味方に合流できまい。それより、敵損傷艦の残兵の収容が必要だな。

 気が抜けて、ラスターは茫然とぼやいた。「勝った、か。味方に一隻の犠牲もなく。が、どことなく、かつてローエングラム元帥に敗れたホーランド提督のような戦いぶりだが」
「一緒にしないでください。あんなアメーバみたいなランダム機動はしませんし短時間に攻撃を集中しますから無駄なエネルギーの損失はありません」マーリンは言い切った。
「そうか。にしても提督不在の艦隊がこうも弱いものとはね。敵に将と呼べるものがいない限り、我が艦隊は無敵だな。仮に将がいても先手を取り続けられればなんとか張り合える」

「仕事が一区切りしたので、閣下に伏せていた密報を伝えます。味方ミッターマイヤー艦隊と貴族連合シュターデン艦隊が交戦。ミッターマイヤー艦隊が圧勝しましたが悪いことに、敵敗残兵はレンテンベルク要塞に逃げ落ちました」
「なんてことだ、最悪のシナリオになったのだな。身の毛がよだつな。ローエングラム元帥のことだ、装甲擲弾兵同士の白兵戦を挑んだだろう。何人犠牲者が出たことか」
「その通りです、屍山血河。ミッターマイヤー提督とロイエンタール提督が指揮に当たりましたが……なんと元帥はオフレッサーを罠で捕らえた後、シャトルで釈放したそうです」

「信じ難い。偽の情報が紛れた可能性もあるな」
「さようですね。私にも区別は付きかねますが」
「安全なのは我らだけ、かな」
「かもしれません。ところで敵艦たちそれぞれの、識別コード整理しました。敵艦隊は、辺境居住惑星七十の艦隊が集まっていた。閣下は七十星域の住民を解放されたのですよ。逃げ散った敵艦が寄港していたとしても、掃討の必要は無いでしょう、おそらく降服します」
「それはすごい」ラスターは他人事のようにきょとんと自分の大戦果を評していた。
「私も」マーリンも感嘆と言い放った。「シラフの閣下がここまで有能と改めて存じました」

13 決意