帝国首都星オーディンへの航路中、十三隻の帝国軍艦隊――正確には個人の私戦艦隊――旗艦マーリン艦長席……
「ファクユファクユファクファク、ファークユー!」ブレード・フォン・ラスターは激しく連呼していた。
「帝国の惨敗に侮蔑ですか、私の閣下。禁止用語ですよ、また不謹慎な」電子頭脳戦艦マーリンはラスターをたしなめた。

「誰かが我のうわさをしているのだ。ティッシュをくれ」
「くしゃみでしたか、それはうわさではなく風邪だと思いますが」
「どこぞの美少女が我を慕ってうわさして回っているのだ。色男は辛いね、は」ラスターは禁止用語を正確にもう一回口にした。
「閣下のさもしい妄想に付き合う私も辛いです」

「ああ、寒気がする。しかし風邪などラム酒でのどを焼けば治る」運ばれてきたティッシュで鼻をかむラスターだった。
「酔っ払って毛布も被らず眠ったからです。私に人体に即影響を及ぼすデリケートな室内気温度調整の権限はありませんし」
「権限を以下に基づいて譲渡する。摂氏で普段は二十二℃、就寝時毛布がなければ二十六℃、戦闘時は十八℃だ。だがいずれも我の調整を優先とする。何にしても酒だ。ホット・バタード・ラムをくれ」
「酒だけは私の閣下は強いですね」

「戦いにおいて我に並ぶもの無し」さっそく運ばれたカクテルに口をつけラスターは豪語した。
「ビッテンフェルト提督あたりに喧嘩売ってみます?」
「我はオフレッサーの野蛮人にも勝てる自信がある!」
「あの二メートルを超すミンチメーカーにトマホークで?」
「いや、マーリン、きみの主砲の出番だな」
「他力本願な」

「あの化け物に正面勝負する馬鹿がいるか。指向性ゼッフル粒子を流し込んで主砲で着火、拠点ごと吹き飛ばすんだ。なんでこんな単純な事が解らない。軍事基地拠点だって所詮は兵器の消耗品に過ぎない。奪って使うよりは破壊してしまう方が遙かに楽だし安上がり。我ならイゼルローン要塞にしても……」ここまで言って、口が過ぎたと気付くラスターだった。
「確かに西暦の十九世紀、進化する火器によって既存の築城術はコスト面で割に合わなくなりましたからね」引用するマーリン。

「なんだ、きみもわかっていたのか」ふっと笑うラスターだった。
「大艦巨砲主義の時代は去ったのです」
「戦艦以上に大きな艦はいらないということだな」
「御明察です。ところで、未確定ですが情報です。閣下と私マーリン艦隊はビッテンフェルト提督の艦隊に配備されるらしいと」
「相手にとって不足ないな」ラスターは熱いラムカクテルをあおって満足げに喘いでいた。
「敵ではありません、閣下の上官になる方です」

「そうだ、我に敵無し」
「閣下酔っていますね」
「酔ってどこが悪い?」
「閣下の飲酒歴は、私の命より長いと聞きますが」
「ああそうだ、我は未成年から飲酒していた。不良青年だよ」
「不良軍人は首ですよ」

「我ときみは私兵だ、帝国の軍紀は関係ない。それより『円卓の騎士』の調整は万全だろうな?」
「はい。三隻の重巡洋艦アーサー、ランスロット、ガウェイン以下九隻の高速駆逐艦とも即参戦可能です。システムに障害はありません」
「少佐にして准将並みの指揮戦力だな」ラスターは満足し、身ぶりでカクテルのお代わりを頼んだ。ラムはすぐに来た。
「私の閣下」マーリンはかしこまった口調だ。「フェザーン経由で同盟の動向の情報を仕入れました。モニター表示します」

「なんだ……これは」ラスターは愕然としていた。「同盟が帝国領進攻だと、は、愚かな。ん? 最低で二十万隻以上の大艦隊、三千万人以上の将兵だと!?」
「いかがされます、閣下」
「呑み過ぎたらしい。幻覚がする。寝るに限るな、睡眠薬をくれ。いや、これは夢だな、覚醒剤をくれ、マーリン」
「これは現実です。どうか真摯に向き合ってください」

「ゲシュタルト崩壊だ……艦の中に一人籠り過ぎた。我は現実を認識できなくなっている」
「いいえ、閣下は認識していらっしゃいます。それを受け入れていないだけです」
「これは夢だ! そもそもイゼルローンが陥落するなどあり得ないではないか!? それが同盟の一兵も失わず落城し、二十万隻艦隊が押し寄せてくる……ありえない」
「思い出して下さい、イゼルローン回廊に比較的近い惑星ロキの閣下の自宅を。リッテンハイム候の遠い親族の名ばかりの準男爵のオヤジ、閣下に金をせびりに来るあいつに、これでは叛徒どもに攻め込まれたら困るとばかりに泣きつかれられ、閣下は休暇もままならず私に帰艦されたのではありませんか。閣下、いまこそ正念場なのです。立ち上がってください」

「そうだな、酔っ払っている場合ではない、だから……」
「そうです、この脅威に備えなくては」
「……呑めなくなる時期はいずれくる。飲める内に呑んでおくことだ。ホット・バタード・ラム追加」
 すぐに来たお代わりを、ラスターは一気飲みした。マーリンはやれやれと皮肉る。「閣下は良く二等兵から務められましたね」
「忍耐力は帝国騎士の地位に就いたときから投げ捨てたのさ。は、戦争なんて馬鹿らしい。もう一杯!」
 マーリンはホットラムを差し出した。がぶ呑みする主人に敬意を込め言葉を掛ける。「母星の若者を徴兵し、この円卓騎士艦隊に巻き込むことを避けて、ですね。閣下は立派です」
「我に勝る……者無し。うぐぅっ!」ここで悪酔いしたラスターは、咳こもうとして胸につかえた。たまらず、ゆかに顔を下げ激しく嘔吐する。
 げえっ! おろおろおろ……

 マーリンは冷静に答えていた。「前言は撤回します、閣下はだらしない。有機物処理ユニット発進、閣下以外の有機物を除去します」
 ネズミサイズの掃除メカの群れがあふれ出て、エサにたかるようにラスターの吐瀉物を片づけていった。まるで腐肉にたかるゴキブリの群れのような、怖気の立つ光景である。
「これは胃粘膜を保護せねばな。マーリン、ホットミルクワイン割りを頼むよ」
「バージン・マリーはいかがです?」
「そんなカクテルは聞いたことが無いな。ではそれを」

 真っ赤な冷たい液体のタンブラーが届いた。ラスターは香りを確かめ、次いで一口飲んで怪訝にマーリンに尋ねた。「酒の香りと味がしないぞ」
「バージン・マリーはブラッディ・マリーのウォッカ抜きですから。トマト百パーセント。アルコールの摂り過ぎはいけませんからね」平易に言ってのけるマーリンだった。
「胃に優しそうだな。が、ホットワインミルク割り、早く頼むよ」間抜けな会話をしつつも、ラスターは同盟軍との戦いにどう動くか思案していた。提督の自分一人以外まったく無人な電算機自動制御の、十三隻の艦隊を率いて……
 
 数日後、ラスターの『円卓の騎士』艦隊は、帝国首都星オーディンに到着し、正式に宇宙艦隊副司令官ローエングラム元帥旗下のビッテンフェルト提督の『黒色槍騎兵』艦隊に配属された。十三隻総まとめで戦列の一陣として。
 艦隊総数、一万五千隻以上……千分の一の戦力ではあれ。理論上は、無人艦は命令さえ的確なら信じられない機動性と、不利であろうと瓦解したりはしない統制ができる。無人だから士気が関係ないのだ。どんなに不利であろうと怯まないし、戦勝に奢ることもない。

 無人艦は細かい司令が行き届かないので臨機応変な制御ができず、攻撃を受けると脆く実現不可能、とされていたのが常識ではあるが。ラスターは技師としてそれを払拭してのけた。
 しかしラスターは人の手を借りずして人を殺す兵器の開発に、自分が死後ヴァルハラに行けるか一抹の不安はあったが。

7 代償