「おいおい、これはなにかのジョークか?」イゼルローン回廊の中、フェザーン武装商船コルセア操舵室で砲雷長エーテル・サブローは驚いた声を上げた。「取り敢えず、救助すべきはたくさん居そうだが……どっちの兵士なんだ、はっきりしてくれ」
 
 時を同じくして、帝国惑星ロキ衛星軌道上にて戦艦マーリン艦長席で艦長ブレード・フォン・ラスター少佐はぐったりと艦に問うていた。「マーリン、ラム酒をもう一杯。幻聴に幻覚がする。ここは酔って寝るに限る。というかマーリン、お前酔っているのか?」
 
 そしてアルテナ恒星系惑星軌道上、単独での哨戒に当たる同盟駆逐艦ユーナギ主砲座で、初陣の緊張から解放されたティア・ラスター二等兵はいまになって身を小さくしてがくがく震えていた。つぶやく。「勝った……わたしたちが? あのイゼルローンを、こんな寡兵で。それも味方の一兵も失わず……」
 実感がわかないのも当然だった。ティアは駆逐艦主砲砲手なのに、一発の実弾も敵艦隊に発砲していないのだ。というより、味方自由惑星同盟軍第十三艦隊の全てが!

 しかしこれは、銀河系の人間およそ全員が震撼していた事実だった。イゼルローン要塞が陥落した! 難攻不落の代名詞が!
 過去数十年に渡り同盟軍兵士の血を幾千万リットルと吸い上げてきた恐るべき要塞が、一滴の血も流さず。

 一滴も、とは正確には違うのだろう。ティアは『月の乙女の日』だった。ティアは砲座を離れ、食欲は無かったが食堂へ向かった。
 他にも例外がいた。他愛ない同輩同士の喧嘩とすら呼べない小突き合い騒ぎで、鼻血を出した男性軍曹が上官曹長に皮肉られている。血を流さなかった、との伝説に傷が付くだろ、と。まわりの兵士たちは大爆笑していたが、こういう馬鹿連中を見ていると、ほんとうにいらいらするティアだった。

 このとき、セキュリティーコードを含まない平通信で、意外な情報がユーナギに届いた。「こちら、フェザーンラント所属中立救難船コルセア号。イゼルローンに駐在する銀河帝国軍に通信します。互いの人間としての名誉に賭け、敗れた同盟艦隊の兵士の救助をどうか承諾して頂けないでしょうか? その間、攻撃は控えて貰いたいのです」
 食堂のユーナギ乗員はどっと笑っていた。「はははは、馬鹿アホ間抜け~」「低能の極みだな」「現実を受け入れろよ」

 しかしティアは激昂していた。否、こうも早く『仇』を見つけるとは僥倖というべきか。コルセアは駆逐艦よりはるかに大きな船だ。もっとも格納区域がその容積の大半を占めるだろうが。
 急いで砲座へ戻り、艦橋へ連絡する。「あれは海賊船です! 撃沈するべきです、艦長にご許可を!」
 モニターに映し出されたペインター艦長は首を横に振っていた。「だめだ、あれは慈善活動をする船だ。調べさせてもらった、過去に同盟兵士を数千名救助している。二年前から路線変更したコルセア号だ。決して死の商人なんかじゃない」

 言うや、ペインター艦長はコルセアとの通信を始めた。「フォー・コルセア船長、貴方は誤解している。勝ったのは我ら自由惑星同盟側だ。救難者どころか、戦死者は皆無だよ。が、帝国軍には皮肉にも彼らのトールハンマーで多大な犠牲者が出た。座標を記すから救難に向かってはどうかね?」
 コルセア船長は穏やかに話した。「やはりそうでしたか……情報提供並びに御配慮、ご協力、感謝します。では帝国艦の救助に当たります。ですが、艦長の采配でよろしいのですか?」
「安心したまえ、我らの若き英雄ヤン提督は、帝国艦に『追撃はしないから、逃げるように』とのお達しだ。そろそろ捕虜の収容にも乗り出すはず、一緒に任務に就こうではないか。貴官の船の護衛も兼ねて」ペインター艦長も温和に話していた。

 しかしティアは悔しさに怒りに打ち震えていた。倒すべき獲物を、みすみす……。しかも協力し合うとは。
 目下最もコルセアに近い位置にいる艦はユーナギだった。艦長の命令で、ランデブーしユーナギを誘導する。数時間後、帝国艦の収容作業が始まった。撃破された艦に近づいては接弦し、生存者がいないか確認する。救助活動は第十三艦隊の小型艇を中心に黙々と進められた。

 !? 機関部の大破した帝国戦艦が、コルセアに向けてミサイルを発射してきた。一ダースは飛んできただろうか。
 が、コルセアは見事な精密狙撃を披露し、たった一門のレールキャノンですべてのミサイルを叩き落とした! 確かに近距離からではミサイルの相対速度は遅いが、なんて腕だ!?
 ペインター艦長が自衛としての砲撃を認め、ティアは主砲で帝国戦艦にとどめを刺した。軍人として初の戦果……だが帝国艦は何故中立船に攻撃を? 自動攻撃システムが生きていて暴走したのだろうか。
 ともあれ、コルセアとの共同作業により、帝国兵士を救助できた。コルセアは帝国に引き渡すとして、回廊を帝国方向へ去って行った。内心誓う。借りは返した、次に遭うときは……
 
 ティアは僅か二十九歳の司令官、ヤン・ウェンリー提督の見識と度量には痛く感銘を受けていた。現在は少将だが、同盟首都星ハイネセンへ戻れば中将に昇進確実だろう。
 恥を忍んで性急に『敗残兵と新兵の寄せ集め』とされた艦隊に入隊したティアにとって、それはせめてもの慰めだった。
 ティアは二等兵のまま、イゼルローン残留部隊に配属を志願し、受理された。数少ない占領地残留組だ。ユーナギも偶然、残留組となりティアの部署は変わらなかった。

 この大戦果により、これからしばらく戦乱は遠のくだろうから。同盟政府の外交手腕次第。ヤン提督の采配は和平への選択肢だ。
 外交とは妙な単語だ、と一人ティアは疑問に思うのだった。互いに互いを国として認めていないのだから。銀河連邦時代の統一政府から、外交などというものは消滅したのだ。
 少しでも父の仇のフェザーン船の近くへ……。それに忌むべき親族の背信者のいる帝国の最前線に。いずれ帝国はイゼルローン要塞奪還に総力を上げるだろう。
 
 時は数週間移り。戦勝艦隊が凱旋を果たしたハイネセンでは「正義は勝利した!」「ビバ・デモクラシー!」「第十三艦隊万歳!」「奇跡のヤン」「魔術師ヤン」とお祭り騒ぎだったらしい。
 ふと、フォト・ヴィジョンに妙な光景が映った。同盟とも帝国とも違うが軍服らしきみんな同じ衣装を着こみ、頭と顔は趣味の悪いマスクで隠している薄気味悪い連中の姿が。
 そいつらは、街頭演説でこの大戦勝を機にイゼルローン要塞を橋頭保とし、一気に帝国を倒せと息巻いている。扇動者(アジテーター)か……『憂国騎士団』とはごたいそうな名だ。

 自称愛国者……自ら前線へ赴かないのに戦争を賛美し他人に押し付ける人間のクズの群れ。しかし……こいつは使えるな。
 うまく民衆を挑発してくれれば、同盟側から帝国領への侵攻となるかもしれない勢いだ。チキンホークの代名詞たる、国防委員長ヨブ・トリューニヒトの息が掛かっているかな。

 自分が倒すべき敵は帝国ではない。戦争の勝ち負けや、腐敗し切っている同盟社会がどうなろうと構わない。倒すべきは……海賊フォー・コルセア。背徳の騎士ブレード・フォン・ラスター。
 ティアは近いうちに自分の身近な現実に派手な花火――致命的な子供の火遊び――が始まることを予感し、一人暗い満足感に浸っていた。

6 円卓騎士