銀河英雄伝説二次創作フェザーン戦記
 
1 コルセア
 
 それは『アスターテ会戦』と呼ばれる、両軍動員戦力六万隻に到る、一大艦隊会戦の後だった。
 フェザーン民間武装船『コルセア号』砲雷長エーテル・サブローは操舵室内でつぶやいた。「この戦いに勝利した帝国司令官、ラインハルト・フォン・ローエングラム。弱冠二十歳にして元帥に昇進か。弱とは二十歳を指す。本来弱く未熟なものを表す漢語なのにな。まさか二倍の敵相手に完勝とは」
「ませた餓鬼なのはあなたもいっしょよ、サブロー」この船の乗員十二名の中で女性としてはもっとも若い二十二歳の一等航法士シアー・マギが答える。「ものの十三歳でこの船の武装をすべて任されているでしょ」

 サブローは不満の色を隠さない。「俺は商人志望だ。ほんらいなら大取引をする大商船の主計官、いずれはオーナー艦長になりたかった。それが……」
 シアーは身長百六十一センチの自分とまだ大差ない体躯のサブローを姉のように諭す。「しかたないでしょう、シミュレーターで電算機評価としてもほとんど完璧なシューティングを出来る腕があるのだから。サブローが帝国か同盟に生まれていたら、軍に引っ張りだこよ」
「この反射神経はいまの俺だからだ」サブローは不機嫌に言う。「反射神経の能力は、十代がピーク。二十歳にもなると陰りを見せるのは知っている」
「いま生きているだけ上等よ。で、『商品』の方だけど」
「不謹慎な言い方だな、シアー先輩」

「そうね。とにかく自由惑星同盟第六艦隊、この船に身柄を確保できたのはいまのところ二百七名の生存者……あ、二百三名に減ったわ」
「不謹慎の上、ひでえ扱い」
「医師を随員できるほど、この船は金持ちではないもの」
「調理師くらいは連れるべきだ。貨物室にすし詰めでずっとレーションと水では、保護したものたちの待遇悪過ぎる」
「私たち乗員だって家畜の飼料並の食事じゃない」
「は、先輩はお嬢様だな。一菜飯で不満とは」

 『コルセア号』は、壊滅した同盟第六艦隊の生存者を救助していたのだ。中立の救助船として……そして、救出者と拿捕した艦を売る合法的な海賊船として。
 シアーは意地悪く尋ねる。「学校に戻りたいの?」
「ジュニアハイに未練は無いがね」
「あなた能力が偏っているわよ、商売に必要な代数計算ならハイスクール卒業レベル以上だけど、歴史も満足に知らない。なんで帝国と同盟が戦争しているかも知らないのでしょう」
「帝国は当前の権利として侵略戦争をし、同盟は政治家の選挙が近いと戦争すると聞くぜ」
「あら、意外。模範解答ね……その答えじゃジュニアハイ留年でしょうけれど」くすくすと笑うシアーだった。

「いつ、同盟艦と接触できる?」
「一週間はかかるわね……まだ収容作業は続くし、同盟艦はこのアスターテにそう軽々しく戻らない」
 この船は同盟領アスターテ宙域を潜航しているのだ。同盟軍の生き残ったまま取り残された僅かなもはや救助を諦めかけていた敗残兵を収容しては乗せて……
 無残な死体の山の中から、ごくまれな生存者を捜す作業。率直、コルセア号の乗員は少なすぎる。乗船搬入に負傷手当は、九割以上が当の収容者任せだが。
 サブローはぼやいた。「腐った連中だな、それが自由か」

「私達はボランティアよ。もともと敗残兵を救助して本国へ送り返すより、撃破されたもののまだ使える兵器を鹵獲して売ったほうがはるかに金になるのだから」
「が、その功績が。黒狐の腰巾着に過ぎないお偉方の手柄になるのは気に入らないな」
「贅沢いっているのはあなたよ。おかげで燃料弾薬費と食糧に医療品、衣類などの消耗品は無料で補給できるのだから」
「おかみは現場で自分の手を汚すことなく、だろ。俺たちは命張って働いているんだぜ」

 唐突に間延びした声が背後からした。「サブロー、臨戦態勢を取れ~。シアーは操舵配置に……」
 直ちに臨戦態勢に就くサブローだった。探知機を確認し、はっとする。識別信号は……馬鹿な、帝国艦、それも大型戦艦だと!? 一隻とはいえ戦艦相手にたかが武装商船が正面勝負して敵うはずはない。とにかく火器管制システムを立ち上げる。すでに互いの有効射程内だ。それも明らかに接近してくる。
 シアーは緊張した声だ。「眠っていたのではないのですか、船長」
「僕はいつだって真面目に働いているよ。私語を慎んでね」

 船長席の背を倒し、ゆったりと寝転んでいる三十歳の優男、それがフォー・コルセア船長だった。名前が船と同じなのだ。
 フェザーンで四代に渡って政府公認の私掠船、つまりコルセアを続けてきた宇宙の海の男……にしては頼りない怠惰な腰ぬけと、フェザーンの港ではされているが。
 兵器の鹵獲ではなく、人命救助というのがそもそもこの船長の方針なのだ。サブローは知っていた。シアーが……いやすべての乗員がそんな船長を敬愛していることを。
 例え、政府が無駄金を必要とする人命保護を軽視し、コルセア号を単に正義のプロパガンダに使って最低限の保障だけで飼い殺しにしているに過ぎないとしても。

 シアーは報告する。「帝国艦から通信です。『フェザーンの拝金主義者ども、戦場荒らしは許さん。鹵獲物の権利は帝国にあり、直ちに戦利品は放棄、我が艦に譲渡せよ』ですが」
 コルセア船長は命じた。「通信回線繋いでくれ」
 モニターに二十歳そこそこの帝国士官が映った。どうやら人並みの背に軍人らしい筋肉質の、屈強そうな男だが。そいつは得意げに言う。「我は艦長のブレード・フォン・ラスター少佐だ。降伏するか。はっ、無論だ。馬鹿らしいぜ、我に勝るものなし」

 サブローは驚いた。シアーに小声でささやく。「少佐?! 若いな……まだ二十五にもならないだろうに」
「それに、あの名前からして……門閥貴族じゃないわ。帝国の独語と違い、同盟の英語だもの。亡命者かしら」
「そういえば、戦艦艦長がなんで少佐なんだ? ふつう戦艦といえば大佐だろ」
「ファイル検索したけど、あの戦艦同型艦がない。私財で建造されたのでは?」
「貴族の金持ちってことかな。とすると、帝国軍とは違う私戦艦だ。あいつこそ、戦場荒らしってわけだ」
「シアー」帝国艦との通信を終え、コルセア船長は語りかけた。「停船してくれ。戦艦さん、こちとら救命船だって信じてくれない。乗り込んで確認するとさ」

「コルセア船長」サブローは訴えた。「いざというときは、迎撃を認めて貰えませんか? レールキャノン一門で十分。近距離からあの戦艦の装甲の継ぎ目を狙撃、一撃で機関部を大破させて行動不能にできますが」
「さすがだな、そんな精密射撃をできるのはサブローだけだよ、だが」船長はのらくらという。「帝国艦の反撃も考えたかい?」
「ドライブを破壊すれば、移動することはもちろん、エネルギーを砲塔に送れないから攻撃もできなくなるのは当然ですよ」
「あれだけの戦艦ともなると、予備動力もあると見なしていい。それにおそらく戦闘機が十機はいる。仮にそれらがなくとも最悪、ミサイルは手動で発射できる」
 サブローは自分の未熟さに恥じ入り、舌打ちした。戦闘機ワルキューレか……こいつはやっかいだな。ミサイルを電信ではなく手動で発射するなんて発想、この船長ならではか。それとも軍では当たり前なのかな。

 シアーは停船した。帝国戦艦が接近し、連絡艇が進んできた。接弦させる。
 驚いたことに、やって来たのは艦長と名乗った、ラスター少佐一人だけだった。しかも拳銃さえ帯びてはいない。コルセア船長と同じく身長百七十五センチほどだが、筋骨隆々としている。対するに船長は病的に痩せこけた弱々しい男だ。
「我が帰らなければ」ラスターは言う。「我が艦はこの船を撃沈せしめる」
「いいえ、こんな御配慮恐縮であります、少佐」コルセア船長は穏やかに返答した。
「ではさっそく、荷を確かめさせてもらおう」
「直接確かめるのでありますか、少佐」
「無論だ。モニター越しではどんな細工されるかわからん」
「了解致しました。ではこちらへ……おっと、制服は脱いで頂けませんか、帝国士官がこの船に来たとあれば、パニックです。至急、着替えを用意させます」

 ラスターは素直にこの提案を受けた。若者らしいカジュアルな服装となる。救出者を閉じ込めていた格納庫に、足を踏み入れる。
 同盟敗残兵たちは、比率としては少ない女性兵に手を出す気力もなく、ぐったりとしていた。
 ラスターは次いで、腕時計でなにやら計測している。おそらく船に対する格納庫の割合検査だろう。
 それが終わると、ラスターは言った。「船長。貴君がフェザーン人であるなら、金にならない敗残兵など受け入れられぬと思うのだがね……しかし同盟船が偽装しているわけでもなさそうだ。どうやって暮しているね?」
「国から援助を受けています。確かに金になりませんが僕はこの仕事に誇りを持っています」
「素晴らしい見識をお持ちだ。これはもし我が帝国が敗れたなら、救出に赴いて頂けるかな?」
「無論ですよ、ラスター艦長」

 彼はすぐに自分の戦艦に戻って行った。これらを見聞していたサブローだった。
「真の騎士だな」やれやれと嘆息しながら、コルセアは言った。「同盟の兵士全員はともかく、士官は最悪死刑、良くて捕虜にされるかと思ったのに。まさかいまの時代名誉に生きるとは」
 サブローも同意した。「船長も同じです。名誉に生きる……もしこの百五十年に亘る戦争が終わったら。あの少佐は船長の親友になってくれるかもしれませんね」
 
 時は少し過ぎ。まだ辺境と言っていい宙域で一隻の同盟艦との接触は叶った。コルセア号よりはるかに大きい巡洋艦が、生存者の搬入を済ませた。巡洋艦艦長の中年の中佐は、俺は士官様だとでもいいたげな尊大な態度でコルセア乗組員に接していた。
 同盟側から、薄謝が出た。まさに薄謝。暴発と放射能汚染の危険の中、四百名以上の同盟兵を助けたというのに、十二人の乗員の一カ月分の生活費がやっと、というありさまだ。

 確かに同盟軍兵士の儚い給与から考えれば、妥当な金額なのかもしれないが。
 代わりに、乗員全員に『準自由戦士勲章』が授与された。率直なところ迷惑なシロモノだ、コルセア号は中立のフェザーン船、帝国兵士も救わなければいけないのに。
 生存者などより武装を鹵獲して売りさばけば、一回の仕事で一生遊んで暮らせる資金が得られるのに……しかしサブローはコルセア船長に心服していた。

2 海賊騎士