拍子抜けするほど簡単に、出港から三日目の夕刻、目的の島の峰を望遠鏡で確認できていた。なにも問題はなかった。少年は操船に慣れていたし、書記官は測量士として有能だった。技師も並の航海士以上の腕の持ち主だ。好天にも恵まれた。
 しかし、喜び勇んで接近しようとしたとき、異変が起こった。

 ドン、ズズン……   うなる轟音。砲撃だと!?
「落ち着くんだ。この船は小型だし快速だ、そうそう命中するはずはない……」
 技師が自慢げに言い放つと同時に、ゴン、という気の抜けた音とともに被弾し、甲板に穴が空いた。弾丸は小口径だが、速度と貫通力は大変なものだ。少年は怖気を感じた。
「それに銅張りで頑丈だ、ちょっとやそっとで沈むわけはない」
 断言する技師だが、それをよそに小さな砲弾は次々と命中した。
 書記官は声を上げた。
「浸水してきているわよ! 現実を見なさい、この機械狂!」
「だめだ、防げない。船を捨てろ! 逃げるんだ」

 少年は言ったが、技師は聞かなかった。やむなく、無理やり海に突き落とす。慌てて海に飛び込む。
 少年が見守る中、船は炎上するまでもなく、砲弾に粉砕され轟沈した。破片の板きれにしがみつく。
 技師は気を失っていた。少年が身体を力ずくで引き起こし、板きれに乗せてロープで固定する。
 書記官は陸地に向けて、足をかいている。
「泳がないで!」少年は忠告した。「泳いだって海の広さからすると、なんの役にも立たないよ、無駄に疲れるだけだ」
「でも急がないと、鮫なんかに襲われたらひとたまりもないわ」
「この海域には、鮫はいません、ほとんどはね。潮の流れに乗れば、自然に陸地につくはず。無理に動かないで、海水の冷たさに体力を奪われると死ぬ。早春の海が最も冷たいんです」
「陸地まで、どのくらいかかるの?」
「もう見えているんだ、一刻もかからないはずです」
「一刻も耐えるのか……」
 
「僕の船! 借金が金貨二千枚もあるのに!」
 明けて昼間。晴天の浜辺で、意識を取り戻した技師は嘆いた。
 書記官は言い放った。
「生きているだけ上等よ。それにしても冷えるわね」
 少年は砂浜に横になっている二人をよそに、焚き火をし捕らえた新鮮な魚を焼いていた。火は、技師の持っていた火打石にヤスリを取り付けた器具で、簡単に熾すことができたのだ。
「ゆっくり休んでください、この陽気で冷えるなら、身体は想像以上に疲れています。食欲がなくても、食べて」
「あんな遠距離から、超精密狙撃をするなんて。どうやらこれは、過去の文明の遺跡ね」

 思わしげにいう書記官に、少年はぽかんと問い返した。
「遺跡? 過去の文明ってなんですか」
「むかしの人間はね、光の文明を築いていたわ。光によりあらゆる機械を動かし、光によりはるか彼方の人ときままに会話することができた。世界は巨大な情報網で築かれ、あらゆる世界中の情報が自由に手に入ったって。でも文明は滅んだ。人類もともに滅ぶところだった。地上で太陽が爆発したのだと、伝承ではされている」
「光の文明か」技師の目は輝いた。「僕なら再興してみたいな、技術を受け継ぎたい」
「俺は興味ないな」はっと言い放つ少年だった。「滅んだような文明なら、受け継いだって無駄だ」
「だが、これだけの防備がされていたなら、王国が禁忌として聖域としたのもうなずける。どこかにお宝があって自然だ」
「お宝といっても、街に帰らなければなんの価値もないでしょう? 船は沈んだ、帰りはどうするのです」
「ここで調達するしかないわね」書記官は持論を展開した。「入ってくるものには対処するのが、防衛。おそらく出ていくものは撃たれないと思うわ」
「この程度の船旅をする小舟なら、すぐに作れるよ。工具はないけど、建材はいくらでもある」技師は軽く言ってのけた。「それより、砲台を調べられないかな。だれかいるはずだ」
「いや」少年はかぶりを振った。「この島に、おそらく人はいない。見まわしても、炊事の様子のかげりもないから」
「だったらだれが撃ってきたというんだい?」
「それは」書記官は戸惑ったように話した。「光の文明では、人の手を借りずして自動的に動く機械が、多々開発されていたというわ。人工知能に自動人形」
「そうか。技師として言わせてもらえば、十分ありうるか。時計だって螺子を巻けば勝手に動く」

 少年は事実に興奮していた。
「だったら大変な遺産が眠っているはずだ。今日は休むとして、体力が戻ったら探索しよう」
「でも、わたしたちに好意的なものとは思えないわ。砲台を調べるのは危険よ」
「そうかな」技師は反論した。「あの砲弾は炸裂炎上しなかった。船を沈めるだけで、僕たちは無傷だった。僕らを殺すためだけだったら、はるかに簡単なのに。それには、あの照準は精密過ぎた」
「だとしたらなおさら妙ね、かつての王国はこの存在を知っていながら、入ることを封じていたとは。なにか理由があるはずだわ。それに、わたしたちですら無事に流れ着いたのだから、自然ここにたどり着いて、なおかつ無事帰れた人がいる理屈になる」
「するとお宝は荒らされ、なにも残っていないかも知れないな」
「いいえ。わたしの知る限り過去の文献には、ここから財宝を持ち帰ったなんて記録はどこにもないわ。それにそんなことがあれば、この島は一躍有名になっているはず」
「どのみち足止めされているんだ、島をじっくり探索するしか当面の手はないよな」
 いうや、技師は焼きあがった魚にかぶりついていた。一口含み、むせる。少年は一尾食べきったが、もう今日の働きは終わりだった。
  
 三人は一晩かけて身体を休めた。眠ろうにも、泥のような倦怠感に襲われ、満足に寝付けない。夜中は疲労のあまり、食事はろくにのどを通らなかった。それでも日の光が見え起きると、活力と希望を取り戻した思いだった。この先を案じそれぞれの願いを胸に、冷めていた焼き魚をなんとか胃の腑にしまいこんだ。
 結局、防波堤の上に位置する、砲台の調査を始める三人だった。ひそかに近づくが、なんら反応はない。砲台は人間の半分くらいの高さと幅と、思いのほか小さかった。海岸沿いにぽつりぽつりと並んではいるが。中を確かめようにも、砲台は鎮座しているだけで、人の入れるところも操れるところもない。
 やむなく、島を探索する。意見としては、なにか安置されているとして、平地にあるだろうとのことだった。木々生い茂る山岳地帯に、わざわざ宝を残すなど、偏執狂の仕事というものだから。
 たしかに埋蔵金伝説は孤島の山奥というのが定番だが、それでは雲をつかむようなもの。掘り出された試しなどないではないか。

 うやむやの内に、過去の街並みと思える廃墟にたどり着く。その残骸は、未知の素材で建造されており、どれもほぼ直線で構成され、外見は鋭角な感じがした。住宅街らしい二階建ての多い細々とした廃屋の群れは、もはや面影を残さないまでに荒れ果てている。
 中を検分する。家具は残されていたが、ほこりに埋もれていた。街で売ればそこそこの値がつくであろう、陶磁器らしい食器類もあったが、大半は使い道もわからない、もはや動くこともないであろう機械類があるだけだった。
「ま、こんなものでも好事家には高値がつくかな」技師は投げやりにいった。「僕としても、この機械の仕組みはまったく不明だ」
「それにしても妙だな、家具をひっかきまわしても、ぜんぜんお金が見当たらない。銀貨や銅貨が少しくらい見つかると思ったが」
 少年の疑問に、書記官は答えた。
「当時の人間はね、お金は硬貨ではなかったらしいの。全部数字で処理されていて、機械で集計されて機械を通して初めて商品の売買に用いられた」
「そうですか。どのみち民家なんかに、たいした財宝があるはずはない。他を当たろう」
 
 街の奥に目を移す。共和国の庁舎など比べ物にならない、数十階建てという、天にそびえるような建物が林立していた。
 といっても、いちばん立派な建造物の中を確かめ失望する。どうやら過去の行政宮なのだろう、机にも戸棚にもかすれ果てもろく砕けるばかりの書類の山があるばかりだ。
 それでも、階段が地下に向け続いてあることに着目する。大切なものを保管するのであれば、いくら高い建物とはいえ、やはり地下にするはずだ。技師の作った即席の松明を手に降りていく。
 地下室は何階にも伸びていた。しかもしつように何重にも金属製の扉戸で閉められていた。しかしそれらはもはや錆びつきもろく、容易に開け放つことができた。
 その廃墟の最後の扉は、まさに開け放たれた。しかし。殺風景な大きな部屋が、虚しく広がっていただけだった。

 技師は問う。
「からっぽの部屋? そんなはずはない、財宝はどこだ」
 少年は奥の壁に、なにか文字が刻まれているのに気付いた。それまで紙や看板の文字は風化してすべて読めなかったというのに。
「宝の在り処か、これは。なにが書かれている? これだけ厳重に封印されていたんだ、よほど価値のあるものに違いない。解読してください、書記官さん」
 書記官は壁に刻まれた文字を読み上げていった。

(ようこそ、こころから歓迎します。
 ここにたどりついたのですね。あなたがここに来た、ということは。ひとびとは全滅してはいないのですね。
 大切な人はそばにいますか。夢見ている理想は、あなたとともにいますか。あなたはなにを求めていますか。

 愛の意味を正しく理解してください。勇気の意味を正しく理解してください。真理の意味を、理解するということを。真に戦うべきは人の世の欺瞞です。決して憎む相手ではありません。
 不信と欲望による戦争によって、平和の無為による退廃によって。大地と天空と海原を傷つけて、病ませて滅んだ、私達のまねを二度と繰り返さないでください。
 未来のあなたたちの生きる世界を破壊した、私達を許してくださいとはいいません。
 許されない罪であることは承知しています。私はここで死にます。私達はここで終わります。

 でも、あなたはここにいる。世界はあなたとともにあるでしょう。
 生きること。ともに生きていくこと。手を伸ばしてください、きっと誰かのこころと触れ合うことでしょう。
 あなたが傷付き、倒れても。もし差し伸べられる手があるのなら。立ち上がってください、いまを生きるために。私達の生きる世界を、守るために。)

「以上よ」当惑したように、書記官は二人に問いかけた。「古語で記されていたわ、過去の文明の遺物ね」
 漁師の少年は失望して言い捨てた。
「神話の時代の遺跡だな。文明のおきみやげってわけだ、秘宝か、この碑銘が。いまとなっては無価値だ、一文の得にもならない」
「果たしてそうかな」技師は疑惑を挟んだ。「過去の文明は滅んだ、僕たちがその二の舞をすることもありうる。そうなっていいはずはない。そうか、これが財宝を持ち帰った例のない理由だ」
 書記官も感嘆したようすで同意した。
「いまの世界を代償と考えると、この碑銘の教訓は世界そのものと等価値といえる」
「この『遺書』が世界と等価値?」不思議そうに少年はつぶやいた。「俺にはわからない」

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