ご無沙汰しております。

 

突然ですが、

コーヒー好きな方で、

コーヒー豆を買って、自分でドリップして楽しんでおられる方。

 

コーヒーはどこで買っておられるでしょうか?

 

スーパーでも安く手に入りますが、

おいしさを求めると、専門店になるかと思います。

 

私も、友人知人にボチボチ販売しておりますが、

(ネットショップを作りましたが、全く宣伝しないので、

友人知人だけが対象になっています。

今はそれで精一杯)

高くないですか?

自分で売っておいて、何なんですが、

やはり丁寧にやると、手間がすごくかかるので、高くなってしまうのです。

包装やちょっとした設備投資も必要ですし。

 

毎日2杯くらい楽しむには、まあまあな金額がかかるかと思います。

(それでも、外で飲むよりはだいぶ安いのですが)

 

私も、コーヒーのおいしさ、楽しさに目覚め、

さらに、コーヒー生豆をしっかり洗うことで、

安全でとってもおいしくなる、という経験をしてから、

 

おいしいコーヒーを気軽に、もっと楽しむ人が増えるといいなーと思っているのですが、

自分が売るよりも、家で焙煎して楽しむ方をお勧めしたい!

(どうも、商売は苦手・・・)

 

買った豆で、洗ってあるものって、ほとんどないですし。

生豆って、かなり汚れているんですよ。実は。

カビもありますしね。

それらを目で見てよけて、きちんと洗えば、

むかむかしたり、トイレが異常に近くなったり、

なんか胸がドキドキ、そわそわしたり、

胃が痛くなったりすることもありません。

 

 

 

 

自分で、家で、意外と手軽に焙煎できるんですよー。

お金もほとんどかからずに。

しかも、自分好みの味に調節できる、という面白さ。

生豆は、ネットでいくらでも買えますし。

 

焙煎してから、1週間~1ヶ月くらいがおいしいのですが、

(焙煎の方法によっては、1ヶ月以上たつともっとおいしくなる場合もありますが)

(直後も、おいしくないわけではないけど、深みが足りないように思います)

ベストなタイミングで飲める!

特に、粉にしたら1~2日で味が落ちてしまうのですが、

ベストなタイミングで豆を挽いて飲めば、そりゃーおいしい。

 

 

コーヒーって、生豆の種類で、ある程度味が結構決まってしまうので、

そこは、ネットなどでしっかりと検索してから選ぶといいかな、と思います。

USフーズさんなどは、お試し少量パックもあるので、

そういうのを試してみるといいのでは?

 

 

 

↑マンデリン・ビンタンリマは私の大好きな豆です。

 

 

 

 

次は道具ですが、

炒り豆を作る用の「ほうろく」でもいいですが、数千円します。

こんな、手回し焙煎機もありますが、たしか1万円くらいします。

(200gくらい焼くのであれば、これは手が疲れなくて便利)

 

フライパンでも鍋でもいいですが、重いし下を擦る音がいやです。

 

私が教えてもらったのは、「ざる」

100均にある、持ち手付きのざるを、

2つ合わせて針金などで留めます。

 

これは炭火でチャレンジしているところ
カセットコンロなら、軍手は不要です。

 

あとは、カセットコンロ。

自宅のガスコンロでもできますが、

焼けた薄皮が飛び散りますので、

カセットコンロを床において、あとはホウキor掃除機で掃除、

が、簡単です。

 

ユーチューブで、「手網焙煎」で検索すると、出てきますよー。

 

 

 

 

そして、焙煎に入る前に、洗います。

洗うのは、水という方もいますが、

50度のお湯、という方が多いようです。

私が習ったのも、50度洗い。

(野菜も50度で洗うといいですしね)

60度以上になると、たんぱく質の変性が始まるので、

50度くらいが、それもなく、手で触れるのでGood。

 

 

あとは、いよいよ焙煎。

手焙煎も、いくつか本が出ています。

 

https://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E4%B8%AD%E5%B7%9D%E3%83%AF%E3%83%8B%E7%8F%88%E7%90%B2%E3%80%8D%E3%81%AE%E3%83%AC%E3%82%B7%E3%83%94-%E5%AE%B6%E3%81%A7%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%97%E3%82%80%E6%89%8B%E7%84%99%E7%85%8E-%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88-%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%92%E3%83%BC%E3%81%AE%E5%9F%BA%E6%9C%AC-%E4%B8%AD%E5%B7%9D-%E3%83%AF%E3%83%8B/dp/4898154719/ref=sr_1_10?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E7%84%99%E7%85%8E+%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%92%E3%83%BC&qid=1626527612&s=books&sr=1-10

 

ユーチューブで検索してもいろいろ出てきますよー

だいたい、20分前後くらいでしょうか。焙煎にかかる時間は。

 

まずは、基本的な焙煎の流れを知ると良いと思います。

水分が蒸発していく段階から、

少しずつ色がつき始め、

濃くなり、

1回目のハゼ(パチパチ言います)、

少したって、2回目のハゼ(ピチピチ言います)。

 

豆の名前を入れて、焙煎の度合いと検索すると、

一般的に好まれる、その豆に合った焙煎の度合いが出てきます。

 

 

 

一般的に、本やネットにある焙煎の仕方は、

洗わずに乾いたままの生豆です。

洗って濡れたままの豆だと、それよりも少し時間が多くかかります。

水分を飛ばさないと、渋みが強く残るので、

少し時間をかけて水分を飛ばします。

深く煎る場合は、そこまで気にしなくてもいいかと思いますが。

 

 

 

好きな加減まで焙煎したら、

すぐにドライヤーの冷風で冷ましたら、

色が極端に薄いとか、焦げたの(めったにないけど)を取り除いたら、

できあがり。

 

その辺も、コツはいくらでもネットで出てきます。

 

 

 

どんな豆を選ぶか、

火力や、

かける時間、どの部分に時間をかけるか、

火からの距離、

煎り止めのタイミング、

などで、仕上がりが変わってきます。

 

あとはもう、とりあえずいろいろやってみて、自分で考える。

自分の好みの味を見つけ、仕上げる楽しさ!!!

 

 

 

 

 

コーヒーの焙煎というと、

プロは、やたらと難しく語ったりしますが、

あれはどうも、苦手で。

コーヒーを、家庭で手軽に楽しむ足かせになっているのではないかな?と思います。

 

コーヒーは、何か特別なものではなく、料理と同じです。

 

豆を煎って、挽いて、豆の汁を飲む!

これだけです(笑)

料理と同じなので、もっと手軽に楽しめばいいんじゃないでしょうか。

家で楽しむんですもの、おいしくできれば自分流でOK。

 

こうでないと!と押し付けたり、

他のコーヒーの批判をする人は、無視しましょう(笑)

 

 

 

なんか嫌な味を感じるな、と思うときには、

ネットで調べる!

アドバイスはいくらでも出てきますので。

 

 

 

そして何より、

目で見て欠点豆を取り除き、

しっかり洗って焼くだけでも、

市販のものより、格段に安全なコーヒーが飲めます。

(もともとコーヒーで体調不良になる私で実験済み)

 

しかも、洗うことで、嫌なえぐみがなくて、後味はすっきりしています。

 

 

 

料理好き、

理科の実験好き、

ひとつのことに没頭するのが好き、

オタク気質、

(全部私ですが)

という人には、すごく楽しいと思います。

 

 

 

ぜひーー

 

 

 

 

 

 

 

 

あけましておめでとうございます。
 

 
私はあまり豪華なお節に興味がもてなくて、
自分と家族が好きなものを少し作る程度。
今年は突然いただいたお節があったので、
雑煮以外はなーんにもしませんでした。
 
雑煮はおいしいですね。
熊本市内の雑煮は、なにやらたーくさんの具が入るのですが、
あまりゴタゴタしたのは好きではなくて、
澄ましで、シンプルに仕上げます。
 
出汁に、スルメも使うのは熊本の特徴かな。
なぜかは、良くわかりません。
(そのまま汁に入れて食べます)
 
 
 
 
 
 
コロナは収まる気配はないですね。
コロナ自体、
そんなに恐れる病気じゃない、という人もいますが、
私には良くわかりません。
ただ、高齢者や基礎疾患ある方にとっては、
脅威なのかもしれません。
それは、インフルでも同じですけどね。
母は、おととしインフルにかかって、
死ぬかと思うくらいきつかったそうです。
 
政府は、
コロナを抑えなければと言う割りに、
GO TOとかやっていたし、
どうしたいのか、良くわかりません。
 
気候変動による災害の多発もそうですが、
もうこれからは、自分の身は自分で守る。
その覚悟が必要なのだと、改めて思います。
本当は、それが当たり前ですしね。
国に頼りすぎだったのかもしれない。
 
 
 
 
経済なんて無視して、
カミュのペストのように、
完全にロックダウンしてしまえば、
外出も原則禁止にしてしまえば、
いつかはコロナも収まりますよね。
 
そうでなければ、
やっぱり、コロナと共に暮らす覚悟が必要で、
そうなると、徐々に広がるのはもう仕方ない。
私も、明日感染するかもしれないし、
もうすでに感染していて、明日発症するかもしれない。
 
あれって、一度かかればもうかからないのかな?
わからないけど、
少しずつ広がって、みんなが感染してしまったら、
脅威ではなくなるのか。
どんどん変異して、より強力になっていったりすることがあるのか。
 
全然わからないけれど、
コロナと共に暮らしていかなくてはならないことだけは、
もうわかっています。
 
だとしたら、
自分の体の力を高めるしかないでしょう。
 
 
 
 
 
 
できることはもう、わかりきっている。
 
家でご飯を作って食べる。
休養もとる。
精神を健全に保つ。
 
これだけではないでしょうか。
そこ、なぜ言わない!?
 
 
 
 
 
 
医療従事者に感謝感謝と言いながら、
毎日買ったご飯ばかりでは、
迷惑をかけることになるかも(笑)
元気でいるために、自分ができることをやるだけ、、、、
いつもと変わらないですね。
 
 
ただ、感染者批判だけは、したくないですね。
だって、自分も明日、かかるかもしれない。
キャバクラに行かないと、
精神を保てない人だっているかもしれないし。
 
 
 
 
 
かかるときにはかかるでしょうから、
もう諦める(笑)
 
自然淘汰ということもあるかもしれない。
これは、自然界に生きる限り、仕方ないですもん。
(コロナは自然でない、という疑惑もありますが)
 
まあ、自分や家族だった場合、つらいでしょうけどね。
 
 
 
 
そんなことを考えるお正月。
毎日を、丁寧に楽しんで生きていきたいです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あまり、心身共にストレスをあまり感じない方で、
何もなくても毎日なんだか楽しいのですが、
(たぶんアホなんです)
 
大晦日から元旦にかけて、
コーヒー焙煎機を改良して、
私の望む味に挑んだり、
 
 
 
いろんな焙煎の仕方を試しまくっています。
時間をかけすぎると香りが抜けてもったいない、
とうことがわかりました。
いや、焙煎の本を読み漁ると、書いてあるんですよ。
でも、試さないとわからないじゃないですかー
 
 
まだまだ小さなイヌノフグリをうっとり眺めて写真を撮ったり、
 
 
本を読んだり、
畑に行ってみたり。
 
 
 
 
 
 
 
 
昨年から、
チャレンジしたいことがあって、
進めているのですが、
まあ、方々、もろもろ調整が必要なので、
なるようになるさと、のんびり構えています。
 
45ですが、
基本、多動なのですが、
自分が動くところと、
流れにまかせるところと、
ちゃんと分けられるようになってきたな、と感じています。
 
昔はがむしゃらに突っ走っていたところ、
何もかも自分がやらないと気がすまなかったことなども、
ダメなら縁がないだけ、と思えるようになりました。
自分がやるべきところはやった上で、
あとは、天にまかせる。又は人にまかせる。
 
自分がやることと、
人がやること、
その区別がちゃんとつくようになったかな。
やっと(笑)
 
 
 
 
 
年をとるっていいですねー
年々、生きるのが楽に、楽しくなってきます。
 
 
 
 
 
前回の投稿から3ヶ月も経っていました。
 
最近は、
料理のことはインスタグラムにほぼ毎日投稿しています。

https://www.instagram.com/satoko_nagano/?hl=ja

 

その他いろいろは、フェイスブックに。

 

 

もうすぐ2020年が終わります。

コロナばかりの1年でしたが、

個人には、穏やかで楽しい一年でした。

年を取るごとに、心が穏やかになってきますねー笑

 

コロナは、本当に必要なものと、

そうでないものを、わかりやすくしてくれたような気がします。

いや、不要だとわかっていたんだけど、

避けやすくしてくれたような。

 

食と健康を柱に、

医療や福祉、環境、農業、その辺のことを20年弱考えてきましたが、

「食と健康」に関しては、

大雑把な答えのようなものが見つかり、

ここ2~3年は、そちらには集中していません。

ここ数年で、分子栄養学が発展してきて、

そちらはとても素晴らしい内容で興味深かったのですが、

あれも枝葉のようなもの、というのが私の印象です。

 

やっぱり、心ですね。

精神的なもの。

それが一番、体に影響を及ぼすのだな、と思っています。

 

もちろん、食は大事ですけどね。

内容よりも、そのあり方のほうが大事かな、と。

ちょっと抽象的でわかりにくい表現ですが。

 

 

 

 

10月でしたか、

アームズ式コーヒーというものに出会い、

コーヒーにはまっています。

 
 
 

 

↓初めて教わったとき、友人が撮ってくれていた竹林先生とのショット

アームズ式コーヒーというのは、
簡単に言うと、安全安心でおいしいコーヒーです。
 
どう安全安心かというと、ちょっと長くなるのですが、
農薬、カビ、現地由来の水
この3つが、コーヒーで体調不良になる主な原因なのですが、
(私の場合は飲みすぎるとドキドキソワソワして妙な不安感に襲われることがありました)
それが一切ない、
しかも、雑味、えぐみがなく、クリアでとってもおいしいコーヒーなのです。
 
豆が違うわけではなくて、
豆の処理、焙煎、ドリップの仕方が違うだけ。
詳しくはまた、今度。
 
あまりに楽しくて、奥が深すぎて、もう止まらない。
最初に、イルガチェフェというエチオピアのコーヒー豆に魅せられてから、
いろんなところから様々なイルガチェフェを取り寄せ、
様々な焙煎レベルで焙煎を試し、
その他いろんな豆を取り寄せ、楽しんでいます。
飲むのが追いつかない。
 
 
 
 
 
 
そして、魚をもっと食べようじゃないか!
と、友人と3人で盛り上がり、
魚料理レシピを作りまくって、
これまた楽しい。
 
 
ヤンニョムチキンならぬ、ヤンニョムこのしろ
 
これで育ったともいえる、魚の潮汁(うしおじる)
 
これまた地元の味、このしろの酢〆
 
肉は魚で代用できるよねー
という友人の一言から始まり、
マーボーギョーフ
豚ひき肉でなく、たしかカンパチで作ってます。
家族は全く気づきません。
 
回鍋肉ならぬ、ホイコーギョ
 
その他、ちょこちょこしたプロジェクト同時進行中
 
 
 
 
 
そして!
今年春に、初めて見つけたイヌノフグリ。
(絶滅しそうな在来種です。オオイヌノフグリではありません)
種をとっておいたのですが、
やっと、12月になって、発芽しはじめましたー!
 
家の中に置いていたので、気づいたらひょろひょろな芽が出ていて、
あわてて外に出しました。
 
外のプランターからも、いつのまにか芽が出ていました。
 
嬉しすぎる!!!
ちゃんと育って種ができたら、欲しい人に配って、
イヌノフグリが少しずつ増えるといいなーと思っています。
だって、あんなにかわいらしい葉と花を、みんなに愛でてもらいたい。
 
普通はもう少し早く芽が出るようなので、
本格的に寒くなり、ちゃんと育ってくれるかしら!?と心配ですが。
毎日眺めているのですが、寒いのでなかなか大きくなりません。
 
 
 
 
相変わらず畑仕事も楽しいです。
 
なかなか時間はとれませんが、
米ぬか少し与えるくらいで、
あとは何も使わず、たいてい育ってくれます。
特に冬野菜は、ちょっとお世話をするだけで、
勝手に育ってくれます。
 
なんでみんなやらないのか、本当に不思議(笑)
この味を知れば、家族にも食べさせたくなりますよー
 
 
家族はみんな元気だし、
息子は学校に行かないけれど、
まあ、そのうち動き出すだろうからいいとして、
娘はなんか不思議ちゃんに育っていますが、
面白いからいいとして、
おだやかで楽しい一年でした。
 
 
寒い年越しになるようですね。
毎年、元旦は畑で日の出を迎えます。
そのまま、10本ほどあるブルーベリーの剪定となぜか決まっています。
正月から畑仕事をする人はまずいないので、
周りを見渡しても、一人です。
 
大晦日は夜更かしなので、
家に帰ると、家族がようやく起き出して、
朝昼兼用のごはんの準備。
私はあまりおせちに興味がないので、
雑煮とちょっとしたものを食べるくらいで、
至って普通の一日を過ごします。
 
また、同じ元旦を過ごすのでしょうね。
ありがたいことです。
 
 
よいお年をお迎えください。
 
 
 
 
 
 
 
 

ブログでもSNSでも、

「楽しかったー」

「幸せー」

と、何かのイベントをアップしたり、

外での食事をアップしたり、

多々、目にします。

 

まあ、それ自体はいいのですが、

テンションがアガることで幸せを感じる癖がつきすぎてしまう、

これは一見幸せそうに見えますが、

注意が必要かと思います。

 

「そういうイベント事=幸せ」

なんだと、勘違いしないことは大事かと。

特に芸能人とか、周りで活躍している(ように見える)誰か、とか。

 

ああ、あの人は楽しそう、

それに比べて私はなんて地味な毎日なんだろう・・・

 

そう思って落ち込む必要なんて、全くありません。

少しもない。

 

 

 

まず、人と自分を比べて評価することに、

何の意味もないですしね。

落ち込んで何かのイベントを探すことではなく、

そうしてしまう、自分の心を見つめるべき。

何で私は人と自分を比較してしまうんだろう、と深く考えてみる。

人生の始まりは、内省から。
と、私は思っています。

 

 

 

テンションがアガる、ということは、

アドレナリン(脳内興奮物質)が出てる、ということですから、

反動でオチることがあります。

アガる=興奮することが幸せ、と勘違いしないことです。

たまにいますよね、

何やら動きまくる一方、よく落ち込んだーと言う人。

 

端から見たら、全く落ち込む必要もないようなことで。

(夫婦喧嘩したとか、誰かと意見が合わないとか、その程度のことです)

 

そのような気持ちのアップダウンは、

せめて20代で解消しておきたいところ。

 

 

 

楽しいことがあって、わ~っとなるのもいいのですが、

それ依存にならなければいいだけのこと。

 

そのためにはやはり、日々の生活そのものを、

楽しめている、ということが大事なのではないか、と。

 

生きていくって、ほとんどの人にとって、

地味~なただの生活の繰り返し。

(そうでない人もいますが)

 

常に心は静かで、

でも、生活そのものを楽しめて、

非常事態でも、芯は落ち着いていられる。

そうありたいものだなーと思います。

 

 

 

仲間、とか

つながりとか、

幸せ~とか、

そういうのを大事にするのも、いいのですが、

その大前提として、

一人で心が静かでいられるか、ですよ。

 

一見キラキラした投稿を見て、うらやましがらないことですね(笑)

わざわざそういう投稿をしてしまう何かがある、

ってことだと思います。

 

その投稿が、何のためにされたのか、

そこをちょぴっと考えてみたら。

 

人のための投稿に見せかけたキラキラ自分披露、

ということも多々ありますから、注意(笑)

 

 

 

 

 

そういうのを見て落ち込む人が意外に多いことを知ったので、

書いてみました。

 

 

投稿している本人が、

幸せ投稿のその裏でアップダウンが激しい、

という事例、周りにあるでしょう?

まあ、SNSを使わずに過ごせればそれが一番いい(笑)

 

 

心が平穏で、

表に出ないところでも人のためにも動けて、

信頼できる人かどうか。

 

というところを、冷静に考えるといいと思います。

 

 

そういう人になりたいものだなー

 

 

 

 

本当に落ち込むことって、人生で数えるほどしかないと思います。

そういう時は、何をなげうっても、

友人なら手を差し伸べたいと思います。

(本人が望むならば、ですが)

 

 

 

 

私はまだ、親もいて、家族もいて、

数は少ないけど友人がほんのちょっとだけいて、

一人、ではない。

 

とっても歳をとったとき(生きていれば)、

親はもちろん亡くなって、

親戚も亡くなって、

子どもも遠くにいる、

独居、となったときに、

体も昔のようには思うように動かないけど、

目もうまく見えないけれど、

日々の生活を淡々と楽しむことができる。

 

 

朝起きて、

窓をあけて、朝日を見て、

布団をたたみ、

一人で朝ごはんを作って食べ、

庭の草取りくらいして、

小さな畑の世話をして、

買い物して、

昼食を作って食べ、

本を読んだり、掃除をしたり、

台所仕事をしたり、

夜が来て、

夕食を一人で作って食べ、

片づけをして、

長い夜を過ごし、

一日に感謝して寝る。

 

 

そういうお年寄りは、

本当にすごいなーと思います。

 

そうでなくてジタバタしても、

それもまた人間の姿、

と思うと、愛おしい気もしますが、

 

もし長生きしたときは、

そういうお年寄りであれたら素敵だな。

 

 

 

 

今の状況を受け入れつつ、

人と比較しないことだろうな、と想像します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日、今日と、

やーーーーーーーっと、熊本に夕立が来ました。

豪雨のあと、梅雨明けが遅かったのですが、

その後の晴天続き、夕立は全くなし、

これには植物たちも悲鳴を上げています。

 

基本、地植えだと水遣りしなくてもいいのですが、

(ちゃんとした土に植えていれば)

さすがに元気がない。

 

水が好きな里芋の出来が心配だ~

 

 

本格的に気候変動がはじまっているなぁと、感じています。

気候どころか、社会のものすごく大きな変化が。

異常気象、異常気象と言われますが、

別に異常でもなくて、

変化の一時期、というだけだと、思いますけどね。

ここ数十年が、比較的安定した気候だった、というだけで。

 

あまり詳しくない私の予想ですが、

今後は、寒冷化していくのかな、と思います。

寒冷化の前って、極端な気候変動があっているんですね、今までも。

 

夕立がなくなり、久しぶりにあったと思ったら、

突然猛烈な雷雨だった昨日、今日。

それも一例なのかなぁと。

今まで温暖湿潤だった日本が、これからもそのままだとは限らず、

ほかの国々でも、そうなのでしょう。

猛烈な寒波が来るところもあれば、

極端な乾燥があったり、

もう、どうなるか、予測がつきません。

 

ビジネスをしている人にとっては、チャンスがあるのかもしれません。

今でも十分ですが、もっともっと不安をあおる情報が飛び交うかも。

 

もしかしたら、ただ一時的なもので済む可能性もありますが、

それはそれでいいとして、

これからは、生きる力が、ものすごく必要となると思います。

 

最低限必要なもの、それは水と食べ物。

自分で家とか建てられたら、それもすばらしいですね。

電気のことも、ちょっと詳しいと役に立つし、、

私は、いい水が確保できるところに住みたいなぁ。

そこは食べ物の自給もやりやすいだろうし。

 

何もなければ、それでいいんです。

でも、最低限生きるすべがあれば、

妙な情報に惑わされなくて済むし、

生きる自信、という精神的な面で、ものすごく大きいと思います。

落ち着いていられますもん。

 

コロナの最初の時期のこと、覚えていますか?

トイレットペーパーがなくなったこと。

あれも、ただのデマが発端らしいですね。(しかも熊本発とか)

お尻なんて、水で洗ってもいいんだし、

葉っぱで拭いて庭に埋めてもいいんですよ。

 

 

 

 

 

 

 

食のことを主に語り合う、

とても話が合う友人がいるのですが、

話していると、最終的にはいつも、

「どう生きるか」

「どう生きたいか」

という話につながる。

 

この、根っこが似てないと、

なかなか話が通じないんですね、たぶん。

 

食べることは生きること、

と、よく言われますが、

まさにそういうことなんだろうなぁと。

食を語ると、生き方の話に直結。

 

 

 

あと、食に関連する、環境や医療、農業など、

その辺のことまで、もちろんつながってきます。

 

 

 

 

 

自分はどういうものを食べて生きていきたいか

大切な人にどんなものを食べさせたいか

未来の子どもたちにどんな食べ物を残したいか

 

 

 

プラス、人生をどう楽しむか。

これも、すごく大事な要素。

食のことでガチガチになっている人もいますし。

人は食べ物だけで生きるにあらず。

 

 

 

一度こういうことがありました。

実習生が来て、給食を食べるので、

アレルギーがないか、尋ねたところ、

「アレルギーはないけど、添加物は食べられません」と。

きっぱり。

 

すばらしい。

すばらしいんですけどね、

まあ、うちは添加物や加工食品は使わないので、

問題はないんですけどね。

 

自分の意見をはっきりと伝えられるのは、すごいと思います。

この歳で。

中学生なので、このくらいまっすぐなのもいいのですが、

なんかもう少し、柔らかくてもいいんじゃないかな、

そう思うんですよね。

ご両親も少し知っている方で、ものすごく真面目なご両親なので、

さもありなん、という感じなのですが、

なんだかちょっとねー、という違和感はありますね。

表現の仕方が。

今後に期待!

 

 

 

まあ、別にこのくらいいいのですが、

たまに、メッセージで質問が来ることがあります。

一度会ったことがある、くらいの方だったり、

FBだけのつながりの方もいます。

 

「今度子どもが小学校に入学します。

牛乳を飲ませたくないのですが、

どうしたらいいでしょうか」という感じの。

 

今まで両手で数えるくらいはありました。

 

 

 

この手の質問には、いくつか問題があります。

 

最大の問題は、

当事者である「子ども」に、意見を聞いている人が、

皆無だ、ということ。

「お子さんはどうおっしゃっていますか?」

と必ず聞くのですが、聞いたことはない、というのです。

まずはそこだろ。

 

いくら小学校入学前だからって、

実際に学校に言って牛乳を飲むのはその子なんだから、

一番大事なのはその子の意見だろ。

子どもだって、話せば答えてくれるよ。

 

子どもは親が守る、

は、とても大事なことだけど、これは守ってることにならない。

管理しようとしてるだけ。

 

話あった上で、

子どもにどうするか、考えてもらわなきゃ。

 

 

 

 

で、

お子さんにまず、聞いてみたらどうですか?

と伝えると、

「飲ませたことがないからわからないと思う」

と来たもんだ。

 

飲ませろよ、まず。

経験させないとそりゃー子どもだって答えようがないよ。

たしかに、牛乳には疑問点ありますよ。

だけど、1回飲んだくらいで死ぬわけじゃないんだし、

飲んだからって、不具合が出るわけじゃない。

アレルギーならともかく、

お腹が弱い子なら、お腹を壊すくらいじゃないか。

その経験で、「やっぱり僕には牛乳はいらない」

と思うかもしれないし。

ちょっとお腹を壊すくらいも許されないの?

(壊さない子が大半なんですが)

 

 

そして、大抵が、

入学予定の学校の方向性を確認してない。

学校に尋ねるでもいいし、

教育委員会に尋ねる、でもいい。

ネットや本などからの情報だけで、

「牛乳を飲ませないといけない雰囲気があるらしい」

ということしか知らないわけなんですよ。

 

ほとんど他人の私に聞く前に、

その辺の情報収集するのが先だろう。

私が、仲のよい友人なら、まだわかりますよ。

会話のついでにつぶやく程度なら。

そこは、人との距離感をどう考えているか、

が出てくるような気がします。

 

 

 

 

 

牛乳が体に悪い(かどうかはわからないけど、

質問してくる方はみんなそう思い込んでいる)、

という問題以前だと思うんですね。

 

子どもを自分の思い通りに管理しようとすることは、

9年間牛乳を飲み続けることよりも、

ずっと子どもにとって良くないと、私は思います。

(門限などとはまた別問題)

 

牛乳は飲みたくないけれど、

周りと違うのはいやだから飲む、という子もいます。

周りと違ってもいい、と思って欲しいのも親心ですが、

それは子どもが考えて決めること。

経験していくうちに、成長して、そう思えるようになる子もいますし。

生まれ持った性格も出ますね。

 

塾や習い事、学校に通うことそのものも、同じことですよね。

上の子は、ほぼ不登校なのですが、

そのこと自体は、別に問題とは思わないです。

(別の問題はあるのですが)

 

勉強は、自分が必要だと感じたときにしても遅くないんだし、

そもそも、死ぬときに良い人生だった、と思えればそれでいいので、

(なので親が生きているうちは、子育ての正解はわからないと思ってる)

人に何年遅れようが、

別にたいしたことではない。

人と比べたりしなければ。

自分の人生は自分で決め、責任をとる。

そう行動できる大人になってくれれば。

親として、多少の覚悟は必要ですが、その覚悟は産んだ瞬間にできた(笑)

 

困難は早めに経験したほうがいいとすら、私は思っています。

それを見守ってくれる人がいるならば。

ぬくぬくとたいして考えず、当たり障りのない生活をしている人に、

魅力的な人って、いないでしょう?

まあ、何をもって魅力的と考えるかも、それぞれなんですけどね・・・

 

 

 

とまあ、食の話から、だいぶ逸れてきましたが、

その辺の価値観まで、つながってしまうんですね。

友人と食の話をしていると。

 

今の社会に危機感を持ちつつも、行動し、楽しんでいるか、

人のせいにしない、

というところは大きいかなー

 

細かいところの意見が違うこともありますが、

私はこう思う、

私は違って、こう思う、

という意見の交換も、基本の価値観が同じだと、楽しいものです。

意見の交換、大好物です。

 

 

こういう話ができる友達、大事にしたいですねー。