では、パ・リーグのほうのここ30年の順位変動をおさらいしてみたいと思います。
[1991~2000]
丸数字①は日本シリーズ制覇。
91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 優勝 日本一 平均順位
西武 ① ① 1 1 3 3 1 1 2 2 6 2 1.60
ダイエー 5 4 6 4 5 6 4 3 ① 1 2 1 3.90
オリックス 3 3 3 2 1 ① 2 3 3 4 2 1 2.60
近鉄 2 2 4 2 6 4 3 5 6 6 0 0 4.05
日本ハム 4 5 2 6 4 2 4 2 5 3 0 0 3.75
ロッテ 6 6 5 5 2 5 6 6 4 5 0 0 5.00
※:94年のオリックス・近鉄は同率2位、97年の日本ハム・ダイエーは同率4位、98年のオリックス・ダイエーは同率3位なので、平均順位の計算上は「2.5位」「4.5位」「3.5位」として反映させている。
1990年代前半は森祇晶監督率いる西武の黄金時代(の後期)だった。森西武は実に9年間の在任中、8度のリーグ優勝と6度の日本一を成し遂げていて、日本プロ野球の歴史上でもV9巨人に次ぐ強豪チームである。しかし、各年度の成績を見ると実は接戦を勝負強く制してきた印象も強い。表にはないが1988年の優勝は、近鉄とゲーム差なし。93年も日本ハムと1ゲーム差という薄氷の勝利であった。森西武の強さは、むしろその圧倒的な日本シリーズでの強さによって印象付けられた感が強い。なお、西武はその後も高頻度でパ・リーグを制していくが、シリーズの勝利に関してはヤクルトにシリーズV4を阻止された1993年以降、しばらく遠ざかることとなる。
名門・阪急ブレーブスの流れを汲むオリックスブルーウェーブが、天才打者イチローのブレイクと名将・仰木彬監督の名コンビによって、西武の連覇を止めたのが1995年だった。奇しくもこの年は神戸を最大の被害地域とする阪神淡路大震災の起こった年で、日本中の声援を背に受けてオリックスは日本シリーズに望んだが、ヤクルトの大捕手・古田敦也によってイチローは完全に封じられ、この年はいいところなく敗れる。しかし翌96年もリーグ連覇し今度は巨人と対戦し、これを破って見事に日本一となる。
なお、ロッテが川崎から千葉に移転し、チーム名をオリオンズからマリーンズとしたのが1992年。オリックスは1991年から近鉄との合併までの14年間、ブルーウェーブを名乗る。ダイエーは福岡を本拠地としていたが、90年代前半は現在のソフトバンクホークスの前身球団とはとても思えないほど弱かった。日本ハムも東京ドームを本拠地としていて、やはり目立たない球団であった。
こういった状況に大きな変化が訪れるのは、1990年代も終わりに近づいた99年。この年、万年弱小球団だった福岡ダイエーホークスが王貞治監督のもと優勝し、さらに日本シリーズでも中日を破って日本一に。翌2000年も連覇し、今度は長嶋茂雄監督率いる巨人との対戦(いわゆる「ONシリーズ」)となり、注目を集めてからである。ここに現在の常勝集団・ソフトバンクの礎を見ることができる。
[2001~2010]
2004年よりCS導入。近鉄は2004年まで。楽天は2005年参入。
ダイエーは2004年まで。2005年よりソフトバンク(SB)が継承。
一時期、優勝の定義や順位決定に関して現在とレギュレーションが異なっていた時期があるが、ここでは一貫してレギュラーシーズンの勝率の高いチームから1位、2位、…としている。丸数字①、②、③は日本シリーズ制覇。
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 優勝 日本一 日シリ 平均順位
ダイエー/SB 2 2 ① 1 1 3 3 6 3 1 4 1 1 2.35
西武 3 1 2 ② 3 2 5 1 4 2 2 1 3 2.50
日本ハム 6 6 5 3 5 ① 1 3 1 4 3 1 3 3.50
近鉄 1 2 3 5 1 0 1 2.88
ロッテ 5 4 4 4 ② 4 2 4 5 ③ 0 2 2 4.00
オリックス 4 5 6 6 4 5 6 2 6 5 0 0 0 4.90
楽天 6 6 4 5 2 6 0 0 0 4.83
※:2002年はダイエーと近鉄が同率2位のため、平均順位の計算上は「2.5位」として反映させている。また2004、05、06年の順位はレギュラーシーズンの勝率によるものであり、当時の実際のレギュレーションによるものとは一部異なる。
セ・リーグ編でも書いたとおり、21世紀最初の10年間は球界の激動の再編期だった。2004年度をもって近鉄球団が消滅し、05年度から新たに楽天球団が参入。2005年からはセ・パ交流戦が始まり、当初は1対戦6試合のホーム&アウエー方式で各球団36試合に及ぶ長丁場だった(のちに主にセ・リーグ側の意向により24試合、さらに18試合に短縮されている。)。そして、この時代から本格的に「パ・リーグの実力のほうが上」と見做されるようになる。単に勝率的なことだけでない。楽天の田中将大、日本ハムのダルビッシュ有・大谷翔平といった国民的スタープレーヤーも、この頃からはパ・リーグにより多く在籍するようになった。
そんな21世紀最初の優勝は近鉄だった。ただし近鉄は日本シリーズではヤクルトに敗退したため、当時の12球団では唯一、日本一の経験がないまま消滅した球団となった。
2004年に日本ハムが北海道に移転。これにより巨人の間借り状態だった東京ドームを脱出し、地元の熱い支持を受けた日ハムが同年から始まったCSに3位で進出。新庄剛志のパフォーマンスなどもあり大いに注目を浴びた。日本ハムは札幌移転からわずか3年で日本シリーズ制覇も成し遂げ、プロ野球における本拠地のファンの応援の大切さを示す事例となった。
なお、2005年からはオリックスのチーム名もブルーウェーブからバファローズに変更となっている。
なお、当時のレギュレーションに従えば2004年の優勝は西武で、05年の優勝はロッテである。しかし、これではあまりにも紛らわしいということで、07年以降はレギュラーシーズン優勝チームとCS優勝チーム(日本シリーズ出場チーム)はそれぞれ別に扱われるようになった。
2005年にパ・リーグを制したロッテ(ただしシーズン勝率順位は2位)は、日本シリーズで阪神相手に4連勝を飾ったが、この時に4戦の合計が33-4という余りにも一方的なスコアとなったため、現在でも「334 なお阪神は関係ない」という一種のネットジョークとなっている。
なお、この表を見れば明らかだと思うが、パ・リーグでは2004~10年の7年間に3度もシーズン2位、3位が日本シリーズに進出し、なおかつそれらの場合ではすべて日本シリーズに勝利している。他方で、この間ソフトバンクはCSに6回挑戦するも全敗であった。
[2011~2020]
丸数字①②は日本シリーズ制覇。
11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 優勝 日本一 日シリ 平均順位
ソフトバンク ① 3 4 ① ① 2 ① ② ② ① 5 7 7 1.80
西武 3 2 2 5 4 4 2 1 1 3 2 0 0 2.70
日本ハム 2 1 6 3 2 ① 5 3 5 5 2 1 2 3.30
楽天 5 4 ① 6 6 5 3 6 3 4 1 1 1 4.30
ロッテ 6 5 3 4 3 3 6 5 4 2 0 0 0 4.10
オリックス 4 6 5 2 5 6 4 4 6 6 0 0 0 4.80
ところが2010年代に入ると、ソフトバンクが以前にも増して圧倒的な実力を見せ、レギュラーシーズンにおいて1位通過は勿論のこと、あれほど苦手にしていたCSでも勝ちまくるようになる。
そのため、この10年間に関しては、CSでの下剋上もソフトバンクによる2度のみで、5度の優勝のほとんどが2位に10ゲーム以上の差をつけての圧勝のため、正直言って統計を精査する価値も感じない。少し見りゃ誰でもわかる。それでも川上巨人は勿論、森西武よりもスキのあるチームだと思う。理由は言うまでもなく、レギュラーシーズンでの取りこぼしが多いからである。
とはいえ、10年間で7度の日本シリーズ制覇は驚異的というほかなく、しかも現在に至るまで4年連続なのだから、他の11球団にとって、打倒ソフトバンクは共通の目標といえる。
まぁ、こんな統計が頭の片隅にでも入っているからこそ、2021年の交流戦においてセ・リーグで2年連続最下位のヤクルトが、それも敵地でソフトバンクに3連勝したことは、驚きに値することなのである。
個別の選手の活躍という観点でいえば、2013年の楽天の田中将大投手を挙げないわけにはいくまい。この年の彼の24連勝、防御率1.27、8完投、2完封という圧巻の成績は今後、まず破られることはない大記録といえる。
楽天が創立からわずか9年目にして巨人を倒して日本一になったこと自体、いかにパ・リーグという環境がレベルが高いかの表れであるともいえるだろう。