日本では一般に「人は右、車は左」といわれます。

いつからこのように決められたのでしょうか??


江戸時代では、右側通行だと刀の鞘が触れ合ってけんかのもとになる、

あるいは刺客に襲われた時の対処は遅れるなどの理由から

左側を歩くのが常識となっていました。

そのため、当初は鉄道や車も左側通行になっていたようです。

終戦後昭和22年に右側通行に変更されたようです。

交通事故を減らすため人と車がすれちがう対面交通を採用したという理由のほか、

アメリカの進駐軍が車で通行しやすくするため、人を右側通行に変えさせたという説もあるようです。


いずれにせよ、車と人が混在する道路では、現実的に強い方(車)が優先されるというイメージがあります。

人がいるところに車が入ってきたら、とにかくすぐよけられる方によける、というのが自然でしょう。

車が来たとたん、左端から右端にわざわざ寄るような律儀な人はいないでしょう。


ちなみに鉄道施設では、左側通行を基本として設計されているものが主流だそうですが、

エスカレータについていうと、関西では右に並び、関東では左に並ぶというローカルルールが存在します。

しかも、京都ではまちなかでは関西ルールなのに、京都駅ではなぜだか、左側に並びます。


まだまだなぞがいっぱいで掘り下げる余地がありそうです。


2/3といえば「節分の日」ですね。

豆まき、恵方巻きなどでおなじみの行事です。


小さいころから身近なこの行事ですが、

改めて考えると不思議な風習ですね。

どんな由来があるのでしょうか。


「節分」とは「季節の分かれ目」ということで、

実際には言葉とおり、季節ごとに年4回あります。

どうしてこの時期の節分だけが「節分の日」として定着してきたのでしょうか。


「節分の日」の翌日は「立春」と呼ばれ、春の始まりとされています。

これも4季の始まりごとに「立春」「立夏」「立秋」「立冬」とあるわけですが、

「立春」の時期は、旧暦ではだいたい大晦日や正月に当たるようで、

その分特別な時期となります。(旧暦では年毎に日付がずれるので毎年同じではない。)


平安時代の宮中では、大晦日に悪鬼邪気祓いとして「追儺」の行事が行われており、

その後、豆をまき鬼を祓う行事として民衆にも浸透してきたようです。

恵方巻きの習慣などは後になって生まれてきたようですが
とにかく、一年の始まり、待ち遠しい春の訪れ

ということでよろこばれたのが、年中行事「節分の日」の発端のようです。


最近では関西の人のみならずとも、恵方巻を口にするようですが、

家族で同じ方角を向いて黙々とほおばる姿、

なんともほほえましいですね。


(参考ウェブサイト)

・歳時記の用語「節分の歴史と由来」

 http://www.kanshundo.co.jp/museum/saijiki_yogo/setubun01.htm

・こよみのページ

 http://koyomi.vis.ne.jp/

海外からもってかえってきたお菓子を日本に帰ってから食べたとき「あれ?」

と思うことありませんか?


「むこうで食べたときはおいしかったのに」

「ちょっと大味だな」

「やっぱり日本人には日本の食べ物なのかな」


ということで、まずは「食」について考えてみましょう。

「日本人の味覚は繊細」なんて、まことしやかに言われますが、

はたして、日本人は味に敏感なのでしょうか?


日本食といえば、お寿司、刺身、てんぷら、味噌汁、おひたし、茶碗蒸し、などなど。

今や洋食が浸透しているせいか、こうして並べてみると質素な感じもしますが、

シンプルに素材を生かした料理と見ることもできます。


ちなみに、世界の代表的な料理を挙げると、

パスタ、ピッツァ、リゾット、パエリア、炒飯、麻婆豆腐、北京ダック、チゲ、チヂミ、プルコギ。。


実に濃厚な味わいが口の中によみがえってきますね。

各国の料理に比べると、日本食は、煮る、茹でる、蒸すなど、油より水を使って調理するものが多い印象ですね。
ここに日本人の味覚に関する秘密が隠されているのでしょうか。


日本の水は「軟水」、ヨーロッパの水は「軟水」。

よく耳にすることでしょう。


山地の多い日本では流れが急で滞留する時間が短いため、ミネラル分の少ない「軟水」に、

水の流れの緩やかな大陸の水は、ミネラル分を多く含む「硬水」になるそうです。


「軟水」は、ミネラル分の少ないため、クセのないさっぱりとした飲み口で、

だしをとったり、素材の味を引き出すのに適しているといわれます。

逆に、ミネラル分の多い「硬水」は、肉のアクや臭みを取り除くのに適しているといわれます。


こういった水の性質が各国の調理方法を決めてきたのですね。

日本人の繊細な舌は、日本の水の恵みを受け、素材を味わう食文化が芽生えることで、育まれてきたといえそうです。

やっぱり、その土地の料理はその土地で味わうのが一番なんですね。