今の時代に生まれてきたばっかりに…
みたいに社会に不満をぶつけている人がいっぱいいる。
では、いつの時代ならいいのだろうか?
縄文時代
腰のみ一枚で獲物を追いかける日々。
獲物が捕れなかったらご近所から分けてもらうことができたのだろうか?
「またお隣さんよ。全く、あそこのご主人、力無いのねぇ」
「そういうなよ。彼だって頑張ってるのさ、フフ」
力によって人間の優劣が決まってしまう、まさしく原始的・動物的世の中だろう。学問などほとんど認められないから、かえって邪魔になる。
「野生に生きる」って人におすすめ。
平安時代
これは、貴族に生まれるか庶民として生まれるかでだいぶ違う。
貴族ならば、藤原氏の台頭に気を遣いながらも、
「光源氏の異性欲、雅やわぁ」
等と、贅沢な暮らしが出来る。
一方、貧しい農民となったからには、ずる賢い受領に取り立てられる日々。もう、パワハラどころではない。毎日、空想で憎き受領を殺しては頭を下げる。もはや望みはあの世にいくことだけだぁ…、となる。
「一か八かでいいから貴族になりたい」っていう強運のもち主におすすめ。
江戸時代
世を支配するのはわずか数%しかいない武士の時代。武士の美徳があった時代。
とは言っても、世は安泰していて、ちょっとやそっとのことでは出世は望めない。
「ああ、憧れの戦国時代…」などと呟きながら木刀を振る、暇な家臣の次男坊。
「脱藩して、うちらのグループ入んね?」
等と誘われてのこのこ付いてくと、すぐお縄になってしまう。
英知な武芸に秀でた人物なら、チャンスはある。
チャンスが潰れることも多々。
庶民として生まれたのなら、子供を寺子屋に通わせ、望みを繋ぐ。
上下関係と自分の境遇が苦にならない人向け。
明治・昭和時代
人権、民主主義、平等…新たな思想が出てきて活気付いてきたけれども、必ずしも実現されていない。戦争前なら尚更、それらはウザいキーワードとして排除される。
ナショナリズムに燃える系の人向け。
このように、好きな時代に生まれたからって上手くいくようなシステムになってないのである。
そこが悲しいところであり、面白いところでもある。
今、結構頭が錯乱しついる。
少し酔っているから、何故このような記事を書いたのか模索している。
そう。今の時代に生きていてよかったと、そう認識したいの。
布川事件。
警察の強引な取り調べにより自白を迫られ、自白と目撃証言だけで29年間も獄中で過ごすはめになった元青年たち。
あまりにも酷すぎる。
人生これからってときに、警察や検察にはめられ、それとグル的関係の裁判官に見捨てられたのだから。
僕だったら自暴自棄になってしまうだろうよ。
今は調書だけみて判断するような傾向にはいかないと思うし、裁判員制度とかいう市民の目もある。
人間は文化的いきものである。
未来がどうなるかは知らないが、今の時代を歓迎しようではないか。
バガボンドの特製ポスターがポストに入っていた。
懸賞に当たったみたいだ。
だからなのか機嫌がいいみたい。


