二週目に突入、金曜日担当の 長谷川章子です。
今日は 「価値観」について・・・。
最近 とみに思うのは スピリチュアルを学ぶことで ものごとの基準が
全く変わってしまうということ。
自慢じゃないが 私はディズニーランド、USJ 行ったことがない
なぜかOL時代から 行く機会を 逃してしまった
昔は好きだった遊園地。特に観覧車は大好き
でもね・・・価値観が変わるというのは、どこにお金と時間を使うか、ということで。
(けして ディズニーランドが悪いといってるわけではありませんから。)
でも ディズニーランドは 行ったことないけど
私はこの10年あまり スピリチュアルな
エネルギースポットをたずねるツアーになら
そうだな、国内外あわせて おそらく ウン十回以上は参加しています。
私の師匠である 加藤雄詞さんが 企画されるツアーがほとんどなんですけど。
そのときの顕著なエピソードをすこしご紹介します・・・。
たしか 7年ほど前に
イタリアの幸福の扉 や フランスのルルドの泉
モンサンミッシェルなどを
たずねるツアーに参加したときのこと。
たしか 総勢40名くらいの旅だったかな。
イタリアやフランスですから、
もうブランドのお店は いーっぱいあるわけです。
行こうと思えば いつでも行ける。
・・・でも、おもしろいことに 誰も ルイヴィトン行きたいとか
プラダとか バレンティノ D&G とか 言わないんです。
そこに時間を費やそうとは 誰も言わない。
(ブランド物が悪いといってるわけではありません 念のため)
そういう旅じゃないのね・・・
で、ヨーロッパに出かけて たとえば ローマなんかに行ってみても
名所旧跡を訪ねるわけですが
うーんと えーと
なんか 見ていても
これがコロッセオかぁ!という感動はあまり感じなかった・・・。
ごめんなさい 名所旧跡が悪いと言ってるわけではない。
これはあくまで 「感覚」なんですけど・・・。
「なんかいる!」んです。
感じてしまうのです ひえー!
コロッセオなんて 奴隷が死ぬまで戦うのを 上流階級の人々が
楽しんで見ていた らしいので
やだー。
そんなエンターテイメント
・・・で、 その跡地でしょう?
サヨナラ サヨナラ さよなら
って感じだったのです・・・。
(ツアー会社の皆さん、本当にごめんなさい)
で、私たちが一番 乗っていた場所が
「ルルドの泉」
聖母マリアのお告げにより湧き出た泉だという場所で
今でも こんこんと湧く泉の水を見ていた。
ここはほんとうに 心が 洗われる場所だった。
場所には 波動というものがある。
ロザリオを手にした人々が 祈りをささげていて
夜にはろうそくを持った人々が 賛美歌を歌いながら
マリア様に 祈りをささげる。
とても 神秘的な光景だった。
私たちは クリスチャンンではなかったが
敬虔なその光景を見て マリアさまという 存在の前に
無垢になる 人間の姿を見た。
病気の人も 平和を祈る人も
国境を越えて
ただ 純粋な 一人の 存在だった
素朴でシンプルな光景だった。
長い旅路の中で 今でもルルドの光景は目をつぶると浮かんでくる。
8泊10日の長い旅だったが
そのときの担当の 添乗員さんが驚いていた。
これだけ長い日程で ツアーも折り返し地点になると
みんな 食事が合わないとか 眠れないとか
慣れない土地でいらいらし始め
添乗員さんに
「隣の部屋の方が広い。 私は 損した 不公平だ」とか
(ヨーロッパのホテルは古城だったりするから
部屋は公平じゃないことが多い)
食事が脂っこいとか 車がうるさいとか
ま、半分は ストレスからくる八つ当たりらしいが
そういうクレームをつけるらしい。
ところが それがこの ツアーの人々には 全然なくて
日を追うごとに 皆さんがイキイキと 楽しそうに無邪気になっていって
いわゆる世間でいうところの 観光地というところには目もくれず
ルルドの水にいたく 感動し 楽しく 水を汲み続け(笑)
一瞬、目が点になったりしましたが(笑)
「 ・・・すごく不思議ですが
このツアーの皆さんはほんとうに あったかくて 素敵です。」
という お言葉を聞いた。
ヨーロッパへはるばる行って
ツアーのみんなが 一番大事に持ち帰ったものは
ルルドでくんだ 聖水だった。
ここまで書くとなんだか 怪しい
スピリチュアルな旅のように思われるかもしれないが
世間でいう フランス・イタリアツアーとは かなり赴きが 違って
「こころ」や 「ふれあい」を大事にする
ツアーの目的そのものが そこに力点をおく旅だったのである。
だから 限られた 貴重な時間を
ブランド品のお買い物に費やすのではなく
むしろ 一緒に旅をする人々と じっくり語り合ったり
聖母マリア様や モンサンミッシェルの
大天使ミカエルに思いをはせたり
人間としての 純粋な 心を 取り戻す
そんな旅だったのである。
で、しばらくすると むしょうに また行きたくなってしまうのだ。
(で、参加回数 ウン十回)
・・・スピリチュアルとマネーがテーマのブログだから
ココで何を書きたいかというと
「心」や 「魂」に 力点を 置き始めると
ときとして 世間一般の 価値観とは 違うところに
お金を遣いたくなるようになる。
目に見えないものや
もっというと 自分の魂に、 投資をしたくなるのだ。
実は このことに気付きはじめると 世界がずいぶん 変わってくる。
出会う人も 変わってくる。
形のあるものの奥に存在する
見えないものに対して お金を使いたくなる。
・・・そして また ぐるっと一周して きちんとした「形」のあるところに
お金を遣うように やがてまた 戻っていくのだ。
ブランド物とその人の品格がぴたっと一致するようになる、というか。
この価値観を日本人が きちんと身につけたら
フランスやイタリアのお店で 日本人が軽蔑のまなざしで見られることは
なくなるであろうに と思う。
ブランドのブランドたる奥行きを きちんと理解できるには
いわゆる スピリチュアルモードが必要なのだ。
そういう人の場合は ブランド物のカバンやなにかが 一人歩きすることはない。
きちんと その人を引き立ててくれる アイテムになる。
「品位」や「品格」を身に着けてこそ、 ブランド物は しっくりくるものだ。
話があっちこっちに飛んだけど
スピリチュアルモードが変わると
お金の遣い方も そしてお買い物の意味も すごく変わってきます。
このお話しは 一回では 書ききれないので
またおいおい お話しすることにしましょう・・・。
今回はさわりだけですが (それでも長いかな)
今日はこのあたりで