4月29日「昭和の日」「旧天長節」
「昭和の日」は、国民の祝日のひとつ。
昭和天皇の誕生日
趣旨には
「激動の日々を経て、復興を遂げた
昭和の時代を顧み、
国の将来に思いをいたす」・・・
とあります。
1989(昭和64)年1月7日
昭和天皇崩御され
それまでの天皇誕生日である4月29日を
「生物学者であり自然を愛した
昭和天皇をしのぶ日」として
「緑の日」となっていましたね。
でも、実際に制定された法律では
「昭和天皇を偲ぶと」いう趣旨は
盛り込まれなかったので、
「昭和の日」に改称する法律案が提出され、
2007年より4月29日を「昭和の日」とし、
みどりの日は5月4日となったんだそうです。
なぜ?「 昭和天皇の誕生日」を
改めて、国民の祝日の一つに残したのか?
それは、
昭和天皇とともにあった激動の時代を改めて
見つめ直す日を残すため・・・♡
昭和天皇のある行動!
昭和20年敗戦後、アメリカでは
第二次世界大戦に関わった責任者を
戦犯として裁こうとしていました。
そして昭和天皇も処刑される可能性が
あったそうです。
そんな時、昭和天皇のある行動が当時の
連合国軍最高司令官であったマッカーサーの
心を動かしたのでした。
ある行動とは?
昭和天皇は通訳だけを連れてマッカーサーを
訪ねたのですが・・・
マッカーサーは過去の経験から
「命乞い」に来たものだと思ったそうです。
ところが
昭和天皇は命乞いするどころか
「戦争に関する責任はすべて自分にあり、
戦犯は自分以外におらず、自分はどんな処罰
でも受け入れる覚悟がある」
と申し出たそうです。
更に昭和天皇は
戦争によって疲弊しきった国民を心配され、
「罪のない国民が、住む家もなく
着る服もなく、食べ物もない国民に対して
どうか配慮してほしい」と訴えたのです。
マッカーサーは昭和天皇のこの発言に驚き、
そして、感動を覚えたそうです。
なぜなら、歴史上で自分の命を引き換え
にしてまで自国民を救おうとする国王などは
稀な存在だったからです。
そして、アメリカ政府や世論は昭和天皇に
戦争責任を追及するように要請しましたが、
これをマッカーサーは却下したのでした。
このような昭和天皇の勇気ある自己犠牲の
精神と国民を心配される慈愛に満ちた想い
にマッカーサーの心は動かされ
昭和天皇が処刑される事も無くなり、
「天皇は日本の象徴であり尊ぶべき存在」
となりました。
それで現在『皇紀2678年』と言う
長きにわたり続いている大和の国「日本」
昭和天皇は、この「日本」存続の危機を
「慈愛に満ちた行動」で未来へ繋がれたのです。
この「昭和の日」は
「感謝の気持ちで昭和天皇を偲ぶ日」
ではないかしら・・・と感じる
スピリタルみつこでした♡
















