開かさタナ波真yâra和音。 -6ページ目

開かさタナ波真yâra和音。

一緒にガンダーラへ


文久三年、
今から160年前。

さて、世界で何があった年でしょう。


感性を研ぎ澄まし、

心の赴くままに
身体を移動させ(行動し)、

子どものような好奇心を持って楽しんでいたら、

導かれるように

また、知るべき謎の解に
辿り着いた。


周波数や感覚の近い人との出逢いも。


今年は大変な一年になることだろう。

私は予言者でもないし
スピリチュアルにも傾倒しているわけではないし
占者でもない。

体系的に学んだわけではないが、
おそらく「易学」と言われるものの分類に入るのかもしれない。


違和感を見逃さない。

「何故?」

という、
ただ単純に純粋に心が感じた疑問を

調べて、過去の記憶や知識の欠片たちと融合させていく。

そうしていくうちに、
自分の中で
確信に変わっていく。


何故?
何故?
何故?


意味のないものなんて、ない。


意図のないものなんて、ない。


悪のない世の中なんて、ない。


善がない世の中も、ない。


好むものを選び、
ただひたすら

自分が心地好いと思うものを選択して行動する。



世の中は無数のレイヤーに分かれていて

そこに同じ「時間」が流れてる。


自分軸が自然と調和していることを感じられていたら、

人は
幸福感と充足感に
満たされるように
プログラムされているのだろうな。


神様からの声が聴こえる。

「お前の軸は、自然軸より賢いのか」と。


もし、ネガティブな感情や身体の不調があるならば、

それは、
「お前のやっていることが、軸からブレているからだ」

と。

朝陽を浴びながら
自然の中を散歩をし、
澄んだ空気を深呼吸するようになってから

あぁ、
人間は口にするものだけで生きているのではないのだと

実感するようになった。


毎日を感謝の気持ちで朝を迎え、感謝の気持ちで締めくくれていたら、

軸は完璧に自然軸と調和できている

ということなんだろう。


情報が錯綜し、
分断が進んでいる。

今までの信念や価値観が
音をたてるように崩れていく。

過去の常識に囚われているものと、
次の時代へ遅れないようにあくせくしているものとの溝は
ますます深まるばかり。

しかし、不安を煽ろうと躍起になっているものたちの手には乗らない。


自分が嫌だな、窮屈だな、不自然だな、と感じる気持ちを大切にしよう。

それは、自然軸ではないですよ、というサインだから。



世の中は、いつだって、どこだって理不尽です

しかし
理不尽じゃない方を選びながら生きる生き方だってある。


日々の生活の中に
笑顔や笑いが耐えない
家族や友人に恵まれていない私のような者でも、
誰にでも、


日々の生活の中に
笑顔や笑いが耐えない
「工夫」をしながら
生きていく能力が
与えられている。


自然からのギフトは
全部、無料でいただける。

ありがたいことだ。

なんて、
ありがたいことなんだ。


って、思える自然軸に自分軸があってくると、
生命力がみなぎってきて、
やる気がわく。

やる気がわくから
行動する

行動するから
充足感が得られる

充足感が得られるから
人に優しくでき
人を思いやれる


「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」

のループ
(私はこれを「愛の無限ループ」と呼んでいる)に入っていく。


すると、
不思議なことに
更なる「豊かさ」というギフトが与えられるようになる


これが
宇宙の摂理であり、
神様が
人間に与えてくださった
ギフトの真理なのだ


些細なことは気にしない。

気にしてたまるか。



そんなことより
自分を心地好くすることに
心をフォーカスし、
心身に栄養を与え続けることに思考を変換するのだ


どんなに嫌な気分に引きずられそうになっても、
次の瞬間は自分が選択して、変換するのだ。

「風の時代」とか言われるようになってから、世の中が錯綜していても、私の心は楽しくて仕方がない。

瞬間風速的に
腹が立つことも
嫌なことも
気が滅入ることも

いつだって、ある。

だって、人間だもの。


でも、
軸がブレてないから

すぐ戻れる。


最近は寒さと567のお陰で
眉毛さえ書いてダウンさえ羽織れば、
瞬間的に気分を変えに外に出て
気分も変えられるし。


澄んだ空気は、細胞が喜ぶ。

432hzの音は、細胞の中の水が喜んでいるような気がする。

スマホの光じゃなく、お日さまに照らされた反射光は
脳の細胞が喜ぶ。


もぐらblogに辿り着いてくださったご縁に感謝します。

spirale-spirale虹音譜