ラストに平穏が訪れると信じ切って疑いませんでした。
たとえ国中の人々が”巨人”のことを思い出したとしても、
私の頭の中には、老夫婦は最後寄り添って暮らすという平穏な未来しか見えていませんでした。
~あらすじ~
「忘れられた巨人」はカズオ・イシグロの小説の中でもファンタジーに分類されるものと思います。
読んでから知りましたが、この小説でノーベル文学賞を受賞したそうです。
ストーリーは、「しばらくすると人々の記憶に不思議と靄がかかってしまう」謎の現象が起こる国が舞台になっています。
その国の小さな村に住むアクセルとベアトリスという二人の老夫婦が遠い場所で暮らす息子に会いに行くところから始まります。
序盤の道中の村で出会う少年エドウィン、エドウィンを危機から救った戦士ウィスタンとともに四人で旅路を進みます。
ベアトリスは身体に小さな痛みを感じることがあり、そのことについて知恵を授かるために、息子に会いに行く前に修道院に立ち寄ることになります。
修道院に立ち寄ったことで、老夫婦は国中の人々の記憶についての秘密を知ることになり、記憶の鍵となる雌竜を軸に旅が進んでいくこととなります。
~感想~
①異民族同士の争いという観点から
国中の人々が忘れ去っていた”巨人”、すなわちブリトン人とサクソン人の間にある憎しみや復讐の感情は呼び起こされることとなってしまいました。
雌竜のクエリグは寿命までわずかのようだったし、いずれこうなることは決まっていたのだと思います。
サクソン人のエドウィンに、ブリトン人のベアトリスが最後に投げかけた言葉が胸を打ちました。
「エドウィン、わたしたち二人からのお願い。これからも、わたしたちを忘れないで。あなたがまだ少年だったころ、老夫婦と友達になったことを思い出して」
”巨人”によってこれから起こるであろう民族間の争いをこの一言で止めることは到底できないでしょう。
エドウィンの心ひとつすら動かせるかどうか分からない最後の一言。
ただそうだとしても、人々が争いを止めるためのたった一つの希望もまた、この一言に表されるような「隣人愛」ではないかと思うのです。
現実の世界でもそこら中紛争だらけです。
現実の世界に雌竜のクエリグはいないし、紛争の記憶は当事者である人々の中に鮮明に積み重なっていくばかりです。
それを止めるための唯一の希望は、ベアトリスが投げかけた一言のように、守られる保証や根拠を示すこともできぬ脆く不確かな「隣人愛」しかないのではないでしょうか。
このことが現実世界の希望と絶望のどちらを体現していると受け止めていいのか分かりません。
今言えることは、少なくともこの小説を読んだ私はベアトリスの言葉を忘れてはいけないということです。
②老夫婦の間の愛情と記憶という観点から
アクセルは島に向かうベアトリスがいる入り江を離れて陸を進んでいく。
物語はこうして終わります。
終わった瞬間に何とも言い知れない苦しみに襲われました。
老夫婦は記憶を取り戻すまで、自分たちの目的地が島にある息子の墓場だと分かるまで、
お互いを思いやって、意見がぶつかることがありながらも、お互いの絆を確かめあって旅をしてきました。
記憶を取り戻してからも、同じように入り江まで旅して、
その姿を見たからこそ船頭は老夫婦の愛情を確かなものと受け取って、二人とも島まで運ぶことに決めました。
夫婦の間の黒い影、それは旅立ちを決心した朝に心の中から去ったのだとアクセル自身がそう話しています。
それでもアクセルは最後にベアトリスを残して入り江を去りました。
記憶を取り戻したことで「黒い影」の正体をまざまざと思い出してしまったからなのか。
旅立ちを決心した朝に消えたと考えた「黒い影」は所詮雌竜の呪いで消えたように思えただけだったのか。
アクセルが去ったこと以外はっきりしたことは描かれていないので想像するしかありません。
アクセルは最後に「さようなら、我が最愛のお姫様」という言葉を残しています。
ということは、アクセルはベアトリスのことを確かに愛していたとも考えられます。
ならば入り江を去る決断をしたのはアクセルにとっても辛いことではなかったのか。
お互いを思いやって長い旅をしてきた二人がこんな形で離ればなれになることに、私は耐えられません。
記憶を拠り所にしなかった二人の愛情が必ずしも偽物だとは思えないからです。
それともそんなものは偽物で、よみがえった記憶こそ愛情を測るための正しい拠り所だったのでしょうか。
結論は出ないまま、夫婦間の愛情というものが自分の中で消化不良になってぐるぐる渦巻いています。
第一回目の感想文はなんとも冗長なものになってしまいました。
読んだ後に考えさせられる本って、面白いけどこうして発散しないと脳みそが爆発しそうになります。
第二回目はもうちょっときれいにまとめてみたいものです。