物理量x(t)は時間に関して連続なのだろうか。時間に関して飛び飛びの値は取らないのか。
シャノンのサンプリング定理によれば、連続な物理量x(t)はフーリエ積分で表現できるとして、x(t)という信号を構成する正弦波のうち最も高調波の周波数の、2倍以上の周波数でサンプリングすれば時間に関し連続な物理量(信号)を離散化した後に連続量に再現できる。この事実はディジタル理論を支える基本である。
例えば、人間が聞くことができる音の周波数はおよそ20Hz~ 20kHzであるから、最大周波数20kHzの2倍の40kHzでサンプリングすれば音という連続な物理量を再現できる。
実際人間の脳がどのような信号処理をしているのか詳細は分からないが、現実に人間が外界の音という物理量を再現して聴いているのならば、人間の脳というシステムは音に関して十分なクロック数で信号処理していることになる。もし音が連続量だと仮定して、脳が音に関して十分なクロック数(音の最大周波数の2倍)以下の処理系ならば、音を構成する正弦波どうしの重ね合わせ(エイリアシング)が起こり、音という物理量を正確に聞き取ることが不可能になる。
上の議論は、一般にサンプリング定理を充たせば受信側(入力側)からの連続量を離散化して、送信側(出力側)でまた連続量に変換できることを保証するものであるが、人間を送信系として捉えるならば”音という離散量”を脳という十分な処理系により、連続量に変換しているとも考えられる。すなわち音が離散量であったとしても人間は音を連続量として感じとることができる。また一方で脳を送受信系として捉えると、脳というシステム内で、入力信号である”音という連続量”を十分な周波数で離散化して内部で離散信号処理し、出力側で音を連続量に変換しているとも考えられる。
通説として脳は後者のように、入力としての物理量を連続量として処理する高度な送受信系なのかもしれないが、もしかしたら前者のように時間に関し飛び飛びな物理量を処理して連続量に変換しているのかもしれない。
外界と脳を含む大きなシステムをどの範囲で捉えるかにより物理量が(人間にとり)連続か不連続かの答えの妥当性が変わってくると思われる。
対象である物理量が実際連続か不連続かは人間というシステムを介した時点で、闇雲になるのだろうか。
愛とはひとにこだわること
互いの命の糸が絡まること
解けてはまた絡み
絆(ほだ)されていく
生きゆくことの迷い
はらはら季節を急ぐ落葉のように身を任せる
夕日のたもと明日が見える
あなたはそこに居てくれますか
寂しさはしあわせを教える心の叫び
あなたへの思い
もどり道はありません
あなたに伝えたい
この願いは叶いますか





