スピリチュアルラボラトリー 意識変容のフィールド実験者

スピリチュアルラボラトリー 意識変容のフィールド実験者

長年、多くのスピリチュアル技法を学んできましたが
これまでそれらを十分に活かしきれてはいませんでした。
これからは心を新たに、理論と実践の両面から検証し、発信していきます。

抽象度を上げて、誰かのために行動すると
その思いやりの波はやがて巡り巡って
自分のもとへ“応援”という形で戻ってくる
まるで宇宙がそっと背中を押してくれるように。

 

願いを叶えるとは、本当はこうした循環の中で起こることなのかもしれません。

 

願いを叶えるには、抽象度を上げるといい
そんな言葉を、これまで何度も聞いてきました。

 

でも今日、ふと気づいたんです。
他人に迷惑をかける行為って、
その反対にあるんじゃないかって。

 

先日、いつものスーパーに行ったときのこと。
トイレの前で清掃員の方たちが慌ただしく動いていました。
どうやら、誰かがオムツを流してしまったらしく、
詰まりを直すのに大騒ぎになっていたのです。

私は思いました。


――なぜ、そんなことをするのだろう?

きっと持ち帰るのが面倒だったのでしょう。
けれど、自宅なら絶対にしないはずです。
もし同じことを家でしてしまえば、
数万円を払って業者を呼ばなくてはならないから。

「自分の家では困るけど、ここはスーパーだから関係ない」
そんな心理が働いたのかもしれません。

 

けれど、その瞬間、私は気づきました。


この行為の根っこにあるのは、“抽象度の低さ”だと。

自分の小さな世界の中だけで完結してしまう思考。


「自分さえよければいい」という、幼い視点。

 

けれど、その先にはたくさんの人たちがいます。
詰まったトイレを直す人、使えなくて困るお客さん、
増える水道代、廃棄される水資源……
そのすべてに、目を向けることができなかっただけ。

 

抽象度を上げるというのは
世界の見え方を広げること。


自分 → 家族 → 社会 → 地球 → 宇宙へと
視点を広げていくこと。

 

そうすると、
ひとつの行動がどれほど多くの人に影響しているかが見えてくる。


“自分のため”が、やがて“みんなのため”へと変わっていく。

 

そして、騒音のことも同じだと思いました。
音を出す人は「自分の部屋」しか見えていない。
でも壁の向こうには、心を痛めながら耐えている誰かがいる。

その存在を感じられないのは、
やはり抽象度が低い状態。

世界を小さく切り取ってしまっているのです。

 

抽象度が低いほど、世界は狭く、苦しくなる。


やがてその“無関心”は、
形を変えて自分に戻ってくる。
まるで静かに降りかかる呪いのように。

 

けれど逆に、
抽象度を上げて生きようとする人は、
世界に優しく触れていく。

 


その優しさは巡り、
思いがけない形で自分を助けてくれる。

 

願いが叶う人は、いつも“応援される”と言われます。
それは、その人の意識が“全体”と共鳴しているから。
「私の幸せ=みんなの幸せ」と、
魂のどこかで知っているからです。

 

スーパーのトイレで見た、
ほんのささいな出来事の中に、
宇宙の法則が隠れていました。

 

抽象度を上げて生きるとは、
思いやりの波を広げること。
その波はやがて、静かな光となって、
自分の世界をやさしく照らしてくれるのだと思います。

 

そして私は今日、心に誓いました。


いつか、騒音で苦しんでいる人たちのために、
何かをできるようになりたい
――と。


それが、私自身の経験を越えて
世界へとつながっていく、最初の一歩だと感じています。