私のカレールーツ
それは直感的には幼少の時のコショウによる。
しかし、分別がつき、れっきとさした理由に根ざしたカレーへの熱い思いは実は学生の時の苦し紛れで読み漁った卒論の為の文献にある。
今20年以上経ち、別の視覚からおなじ歴史を眺めてみた時、

新たに涙するほど、カレーが、
スパイスが、インドが愛おしい。

初めて日本のカレーの歴史を探り始め、日本海軍、インパール作戦、インド独立、と歴史を伝い、新宿の仲村屋と亡命してきたボース師の存在へたどり着いた20数年前。
あれから、時は経ったが、歴史は当然変わらず、成長した自分がおなじ事実に触れた時、家族に作るカレーを想い、改めて引き締まる想いをした。

ボース師のカレーが私のカレーのルーツ。と言うより、カレーへの想いのルーツ。
愚かな白人の洗脳にも、侵略による迫害にもまけず、日本人7万の兵士が犠牲をともにして独立した大国インドの食文化。
インド人は今もイギリスから独立できた影には日本人がいたことを忘れてはいない。
私もカレーを作るとき、東京裁判に断固冷静な意見を崩さなかったインドのパール氏をよく想い浮かべる。
70年たち、馬鹿げた白人への憧れを自分で考える頭すら持たなかった多くの日本人に今こそ、カレーを食べながら、考えて欲しいと願う。
自分の経験から白人、特にアングロサクソンが大嫌いな息子。
私は理由を義務を果たさず権利ばかり主張され、暴力的な嘘を平気でつかれた彼の怒りをよく知っている。
私も、あの侵略丸出しの民族性は合わない。
もちろん、全員がそんな陰惨な気質だとは思わないが少なくとも、白人のアジア侵略を見る限りは、大多数と言わざるを得ない。
今、たくさんの日本人が無知故に白人社会に憧れている。
今一度、劣等感をおしつけられたアジア人の本当について考えるべきだと思う。
今日は久しぶりに日本式カレーをつくった。
たくさんの想いを込めて、いつか息子とインドに行きたいと願いながら。
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