『花が存在しているのではなく、
存在が花をしている』
~イスラム哲学のことば~
花のたよりも聞こえまして、
いよいよ春本番ですね。
和歌や俳句などでは、
「花」というと、いわずもがな
「桜」ということらしく、
日本人の桜への、
並々ならぬ思いを感じます。
この時期は、
期待と、ちょっぴり不安と。
ドキドキ、そわそわのエネルギーが
町中にあふれています。
「花」といって思い出すのが、
冒頭の言葉なのですが
哲学ですから、本当の意味は、
そりゃあ難しいんですけれど

言葉として、
とても気に入っています。
たとえば。
『虹』
が存在しているのではなく、
存在が『虹』をしている
『おたまじゃくし』
が存在しているのではなく、
存在が『おたまじゃくし』をしている
『あなた』
が存在しているのではなく、
存在が『あなた』をしている
ね、とっても力強い響きだって
感じませんか?
あなたは『あなた』しかできなくて。
そして、
世界中が、あなたに
『あなた』をしてほしくて。
大きくて、パワフルで、
そうして、どこか。
安心感のある、やさしい言葉です。
どうか、
胸をはって。
自信をもって。
桜は、今日も
『桜』をみごとにしています。
(ああ、急に『桜』をふられたら
どうしましょう)
『桜』も『あなた』も、
ほんとうに、すごいなあって。
花を見ながら。
つくづく、思う
春なのです。
