高野山から帰ってきてちょうど1週間。

違う次元に帰ってきたような感覚です。


高野山での出来事は全てが奇跡のような、でもそれも完璧な計画だったような、不思議すぎてどれを話せばいいか全く分からないのですが、今回の個人的なテーマと1番つながりを感じた出来事について、残しておこうと思いますので、しばしお付き合いください💫


高野山へ行く数日前、過去世?先祖?に繋がる機会がありました。

ときは江戸と明治の境目あたり、世の中が混沌としていた頃。

その若い女性は、青春真っ只中の年齢でしたが、時代的には成人とみなされるような世代でした。

時代的には珍しく、今でいう医師か看護師を志し、毎日それを学べる師匠のような方のいる場所へ、手伝いをしながら知識を増やすため通っていました。

しかし時代背景もあり、まわりからは、女のくせにあんなところへ出入りしている、魔術でもやってるんじゃないか、などの偏見を持たれ、家族までもがそんな偏見の目で見られていました。


ある日、彼女が学び場から帰ってくると両親と幼い歳の離れた兄弟がいません。

不安がよぎり辺りを探しまわり、最終的に惨殺された家族を町から外れた野原で見つけます。

偏見を持っていた過激な近隣住民が、彼女のいない間に家族を殺してしまったのでした。


彼女は自分の家族にも何か起こるかもしれないと思いながらも、学びを諦めることができずにいました。

結局、自分のせいで幼い兄弟までもが酷い殺され方をし、しかも自分だけ助かってしまった。

その悔しさ、虚しさ、悲しさが伝わると同時に、「大きな何かを成し遂げるとき、ときには何かが犠牲になるのも仕方がない」という思いも流れ込んできました。


私は彼女に寄り添いながらも、「私が今いる場所には、自分がしたいこと、しなければならないこと、何を選んでも誰も犠牲にならない世界がある。あなた方のような女性がたくさんつないでくれた時代があったからこそ、今私はそのような場所で生きていられます。だからもう何も心配はいらない、大丈夫なのです。私がそれを証明します。見ていてください。ありがとうございます。」と伝えました。


このようなやりとりをして終わりました。

そして、自分の先祖か過去世か分からないけど、高野山へはこのような思いを私の周りでしてきた魂とともに行こうと、ぼんやり思いました。


高野山入り初日、先発隊4人で麓から車で高野山を登っているとき、メンバーのお一人が「女人堂に行かないといけない気がする。」とぽつりと言われ、どうやら行く途中にあるみたいだったので寄ることにしたのですが、知らない間に通り過ぎてしまったのか、女人堂を見ることなく宿坊に着いてしまいました。


もともと、ほぼ無計画での高野山入り。

大まかな流れは一応あったものの、直感で予定を決めるような旅だったので、まあ、しょうがないねーと、とりあえず奥の院へ向かいました。


↑お墓とは思えないほど、清々しく歩けました。私の中のお墓への固定観念がなくなったのかも。


2キロほど歩き、いよいよ空海が入定されている場所へ。

運動不足のところ急に石畳を2キロ歩いて疲れたからから、なぜかその場で放心状態になってしまい、ぼーっと眺めていると、頭に「女」と浮かびました。


それと同時に女人堂へ行けなかったことが頭に浮かび、思わず「女人堂、やっぱり行った方がいいんじゃないでしょうか!」とメンバーの方に伝えると、「やっぱりそうだよね。」ということになり、次の日は春の嵐の予報で雨風が心配でしたが、どこかのタイミングで女人堂へ行くことにしたのです。


女人堂②へ続く…。