昨年12月末、
18年間一緒に過ごしてきた猫の みーが
旅立ちました。
腎数値が急激に悪化し、
投薬や点滴など、手を尽くしましたが、
介護の甲斐なく逝ってしまいました。
みーは、18年前の9月、
庭で鳴いていたところを保護した子です。
冷たい雨が降る中、草の間に、
まだ目も開かない手の平サイズの幼猫が2匹、
寄り添って固まっていました。
手ですくいあげると、危険を感じたのか、
「私たちおいしくないよ。食べないで。おねがい。」
と、大きな声で鳴きました。
寒い日だったのでこのままでは危険だ、と、
主人がスニーカーの箱に入れて保護しました。
猫を飼った経験がなかったので、
急いで子猫の保護について調べました。
お湯を入れたペットボトルをタオルで巻いて
2匹をあたため、ほ乳瓶で、子猫用のミルクを
飲ませました。
その後、動物病院での処置もあって、何とか
2匹とも命をつなぐことができました。
私たちは、この姉妹猫に、みー、にゃんと名付け、
家族として一緒に過ごしはじめました。
何もかも初めてで、わからないことばかりでした。
いつもと少しでも様子がちがうと、心配で、
すぐに動物病院に連れて行きました。
栄養価を調べて良質なフードを探したり、
喜びそうなおもちゃがあったら取り寄せたり、
大変なこともありましたが、賑やかな楽しい毎日でした。
それまで、ペットショップに立ち寄ったことは
ほとんどなかったのですが
はじめてトイレや猫砂を買いに行った時は、
なんだか特別な、嬉しい気持ちになったことを
今でも覚えています。
そんな風に大切に育ててきた みーが、
今はもう、いなくなってしまいました。
亡くなった当初は、ただただ悲しく、
まわりの景色から一切の色がなくなったような
そんな感覚でした。
その当時のことはあまり覚えていません。
ペットロス療法士として
グリーフケアを学んできましたが、
大切な家族を失う痛みがどれだけ大きなものか
初めて実感しました。
今は少しずつ日常に戻りつつあります。
そしてこれからは、ひとり残されたにゃんが
寂しい思いをしなくてすむように、
できるだけ一緒に過ごそうと、家族で決めました。
ソファーでうたた寝をしていました。
ふと気がつくと、
右側からスースーとかすかな寝息が聞こえます。
右側はいつも みーがいた場所で、
かすかなその音は、
まさに みーの小さな鼻から出ている寝息でした。
なんだ、そこにいたんだね、
目を閉じて、しばらくふたりと一緒に過ごしました。
部屋にいたのは私とにゃんだけだったので、
みーがきてくれたんだ、そう思いました。
今でもちゃんとそこにいる、と
実感できたことが、とても嬉しかったです。
今度は姿を見せてくれるといいな、
と思っています。
ペットの魂の行方については、まさに
虹の橋のお話のとおりだと、私は信じます。
動物の魂がこの世を去るとき、
優しいお世話係の人が一緒に
虹の橋のふもとに連れて行ってくれます。
そこは暖かくて気持ちのいい素敵な場所で、
優しい日差しの中、お昼寝したり、
他のお友達と追いかけっこしたりして
楽しく遊んでいます。
そこでは、みんな元気いっぱいで、
もうどこも、痛くも辛くもありません。
今、みーもきっと、
虹の橋のたもとで過ごしているのでしょう。
そして時々、
またこの家に連れてきてもらって、
ソファーに座ったり、一緒にテレビをみたり、
変わらず横にいるのかもしれない、と
私は思っています。
大切なペットを亡くした方の中には、
ふとした瞬間、
足元に寄り添ってきた、
カリカリを食べる音が聞こえた、
視界の端で気配を感じた、
という体験をした方々もいるようです。
魂だけの存在になっても、実は時々、
同じ空間で過ごしているのかもしれません。
私自身も、いつかまた必ず、
みーと会えることを信じて、
今を楽しみながら過ごすようにしています。
「大丈夫。きっとまた会える。」
ペットロスで
大きな喪失感に苛まれている人たちの心が、
虹の橋のお話によって、
どうか少しでも軽く、暖かくなりますように。



