ども~。
健康診断の血液検査で、「えっと…なかなか…血が取れない…ああ、血管が動いちゃう…」
とか言われて、左右針刺されたままグリグリやられる人でーすヘ(゚∀゚*)ノ
左右針刺されたとこ痣みたいに真っ青になってる!っちゅうねん!w
まあね、脂肪がじゃまってね。わかってるー!っちゅうねん!!www
(*´Д`)=з 痛い。まぢで、痛い。(本気で、本音が漏れた感じ)
偶然の一致、って多々あることだと思うんです。
何の気なしにいたところ、たまったま。
先日は仕事をしている時に、カウンセリング学校に通っていた時の一期上の方に会いました。
多分…2年ぶりかな?お互いにびっくり!
しかも、お声かけしてもらったのは、その方本人ではなく、奥様。
そんなことがなければ、その場にいたとしても気づかなかったわけで。
偶然ってすげー(((゜д゜;)))
しかも、すごく幸せそうだったな~^^
一緒にいられたのは、一時だけでしたけど、
幸せオーラ、いただきました~(。-人-。)
なんかね、この星回りらしいですよ、この時期w
そんな夢もみたし、これからが楽しみですwww
こころの世界って、結構理論的に学問として『心理学』になってますが、
意外とスピリチュアルも交じってたりするんですよね。
「シンクロニシティ」って、カウンセリングの教科書ででてきたときは、
「あ、そういうのもありなんだw」って思ったことを思い出します。
そして、それに「意味づけ」「理由づけ」をしたくなるのが、人間だ、とも言えます。
「何かある」だろうから、今、これが起きてる、って思いたい。
という感じですね。
実は今週、私のお祖父さんが亡くなりました。
すっごい悲しかったです。寂しかったです。怖かったです。
そういうのを身近に感じると、”今”には全く関係ないような、
親が死んだらどうしようとか、
一番大好きなおばあちゃん(まだご健在)が亡くなったらどうしようとか、
未来へのタイムマシンに乗ることになってるわけです。
→頭の中のタイムマシンの話
そんなマイナスの感情の崖っぷちに立たされたような気分でしたが、
それと同時に、
葬儀には人が訪れ、おじいちゃんのことを一瞬でも思っていて、きてくれるんだと。
そして、本当に何十年ぶり?とかに会う親族と引き合わせる場で、
おじいちゃんが引き合わせてくれたんだな~と。
会社の人にも、忙しいのに仕事を休ませてくれるありがたさを感じて。
なんだか、暖かい気持ちになれたのも、嘘ではないんですよね。
「代わりに厄を払ってくれた」とか、(私、前厄と言われてますw)
「みんなお見舞いに来たのが分かって、安心したから旅立てたんだ」とか、
「(葬儀の日)今日晴れてるのは、気持ちよく逝ってくれたんだ」とか、
「(葬儀の日)雨なのは、故人が泣いているからだ」とか。
それって、「その人の解釈の仕方」なんですね。
「そうであってほしい」という願望だったり、期待だったり。
そういう意味づけ、したくなりますよね。
ん~やっぱり、当たり前に目の前にいた人がいなくなるって、
やっぱり辛いことです。
辛いことは、無理して忘れたり、無きものにする必要なんてないです。
これは死別だけでなく、失恋であったり、拒絶されたことであったりも同じで、
「嘆きの時間」「受け取る時間」「手放しの時間」が必要なだけなんですね。
そんな感情に寄り添うのも、カウンセリングで扱っていくこともあるんです。
という日記でした。
あ、特にこの記事に意味はありませんw
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
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