お金のブロック
ってよく言いますよね。
ブロックとは
無意識領域の抵抗のことです。
顕在意識では
「お金を得て豊かになりたい」
と思っていても
無意識の潜在的な部分で
お金を持つこと
豊かになることに
恐れや不安があり
十分なお金を受け取れない現実を創っている。
そんな抵抗を持っている人は
私を含めてとても多いです。
子どもの頃から見てきた
両親のお金の使い方や口ぐせだったり
お金は働いて得るもの
お金がないと困ったことになる
などの全体の集合意識が
自分の考え方に無意識に入り込んでいます。
現実を創り出す想いや思考=観念
お金のブロックを外すゲームに
私も長いことログイン中です。
過去ブログでも書きましたが
私は自分で作った借金を返せなくなり
自己破産した経験があります。
今はこうして
ブログに書けるくらいになりましたが
当時は
「まさか自分が…」と
情けなくて恥ずかしくて
自分のことが良くわからなくなり
一時は精神的に沼の底に落ちていました。
当時母親はすでに故人で
父親も痴呆で施設におりましたので
普段あまり連絡を取らない
たったひとりの姉妹である姉に
プライドを捨てる覚悟で助けを求めた結果
法律のお世話になる道を
選択することとなったのですが
久しぶりに姉と対面した時
(心配して駆けつけてくれた
)
お金のことよりも
ずっと言えずにいた
姉に対する私の中の思いが突然溢れてきて
子どものように泣きじゃくりながら
思いを姉に伝えたことがありました。
子どもの頃
私はお姉ちゃんが大好きでした。
でも歳が離れていたため
あまり遊んでもらったことがなく
彼女が大学へ進学すると
家からもいなくなってしまい
とても寂しくてひとり泣いていました。
彼女が夏休みやお正月に帰省してくると
嬉しくて嬉しくて
でも数日経つとまたいなくなる。
私はまた悲しくて泣いていました。
私が高校生のとき
姉は遠くへお嫁に行きました。
本当に遠い人になった姉は
母が不治の病を患ったときも
嫁ぎ先の事情もあり
来ることはありませんでした。
その時姉に対して
何とも言えない怒りや不満を感じて
「価値観や生き方が違う人なんだ…」と
勝手にレッテルを貼りました。
無意識の私は
お金のトラブルを作って
自分でも忘れていた心の奥の思いを
直接姉に伝えることになったのです。
その結果
わたしはまるで
つきものが落ちたようにスッキリして
同時に姉の私に対する態度が変化する
という体験をしました。
とても優しくなったような。
(正確には人は変えられないので
私の世界と捉え方が変化しただけですね)
私が起こしたお金のトラブルは
自分でも気づかずに
長い間心の深いところに抱いていた
私の中の怒りと
その奥にあった悲しみや寂しさを
癒すきっかけとなりました。
他にも得るものがありました。
日本には借金を返せなくなった人を
助ける法律があること
皆生きる権利があり
やり直しできるように法の対策がある
そんな国に住んでいることが
本当に有り難いことだと思いました。
高卒で就職してから
ずっと一人暮らし
何でも一人でやってきた私は
人に助けてもらうことに
とても抵抗がありました。
資本主義が長時間労働を作っているのに
何故みんな平気なの?
と考えていたので
いつも社会を裁いてばかりいました。
でも
弁護士さんはじめ
専門家の方々にお世話になりながら
何故こんなことになったのか
冷静になって一つひとつ整理してみた時
自分の不出来を反省すると同時に
どんな人も存在するだけで
実はパズルのピースのように
お互いに助け合って生きている。
それがこの世界の
完璧な姿であり本質なのでは…
と捉えるようになり
ネガティブなことや
悪だと言われていることも含めて
陰と陽、プラスとマイナスが
あわせてひとつで背中合わせの
この世界の設定なのだとわかり
人や社会へ向ける視線の角度も
大きく変わりました。
そして
生活も身の丈に整理して
現れている世界に対して
穏やかな感謝を感じながら
毎日を生きられるようになりました。
それからだんだん
自分が何をやりたいのかが明確になり
カウンセラーとして自立の道を選択した時
私が人の役に立つためには
自分の過去のどんな思考が
自分のどんな現実を作ったのか
整理分析することが必要だと思い
毎日必ず自分と向き合う時間を作っています。
今から10年ほど前
30年近く勤めた会社を辞めた時
手元には退職金がありました。
学んでみたいこと
チャレンジしてみたいことがたくさんあって
当時の私は
そこにお金を使うことに全く抵抗がなく
個人事業主として自立するために
自己投資をしているつもりでした。
でもその頃の私は
1つ学び始めると
また1つ興味のあるものが現れ
それもやってみたい
あれも学んでみたい…と
手当たり次第に
手を出すようになっていて
そのうち
投資話やネットワークビジネスなどの
お仕事の誘いも
たくさん引き寄せることとなり
お金が尽きそうになっているのに
それらの誘いを無計画に受け入れて
絶対にやらないと決めていた
カードのリボ払いにも手を出す始末。
借金がどんどん増えていきました。
今考えるとその時の自分に対して
「君それはヤバいよ」
と普通に思えるのですが
当時はお金はなくても
毎日やることはたくさんあり
寝る間も惜しむ忙しさで
食事も外食かコンビニ弁当で済ませ
本当は体調も悪かったけど
カラダの声を無視して動いていました。
ドーパミンやアドレナリン過剰の
中毒状態だったのだと思います。
偽りの満足感の中にいたのです。
心は満たされていなかったので
お金は全く入ってきませんでした。
もともとは
セラピストやカウンセラーになりたい
という目標を持ち動き出したものの
知識欲が止まらない感覚に加え
特別感を得たい虚栄心のような
私が失敗するはずがない…みたいな
承認されたい欲が収まらなかったのです。
何故なんだろう?
何故なんだろう?
ひとつの結論
それは
まだ足りない
そんな思い込みが深いところにあり
私の前提意識として根を張っていたのです。
子供の頃
お正月にお年玉がもらえることが
とてもとても楽しみでした。
当時流行っていた
サンリオの文房具やスヌーピーのぬいぐるみ
流行りの洋服や雑誌やレコード
普段は親から禁止され食べられない
ジャンキーなお菓子やジュースなど
欲しいものを買って欲を満たしていました。
貯金しなさい
と母に言われた記憶はありますが
毎年手元に残った1000円位しか
貯金できなかったと思います。
お金に対する価値観が
「使うと欲を満たしてくれるもの」だったのです。
そんな子どもの頃の私が育てた
観念の背景には
友達は持っているのに私は持っていない
=私は足りてない
比較と劣等感
更に父親から言われた
「流行りの洋服を着るのは不良だ」
「◯◯ちゃんみたいに笑ったらどうなんだ」
そんな言葉を私に投げてくる父親への反発
その奥には
私はわかってもらえない
私は愛されていない
そんな自己否定からくる悲しみを
物欲で満たす…
そんな負のスパイラルを放置したまま
大人になってからもずっとずっと
その思考が自動的に歯車のように動き
私の現実を作っていたのです。
本当は大好きな親に
自分から本音を伝えることもしないで
勘違いしたまま
ひとりで拗ねていたのです。
心の器が空っぽなので
足りない足りないまだ足りない…
お金も足りない…
ねぇねえ
あなた自分が赤ちゃんの時の写真見た?
お父ちゃんの顔デレデレなの見た?
お母ちゃんもお姉ちゃんもおばあちゃんも
みんな皆んな私を見て笑ってるよねー!
愛されてるに決まってるやーん
壮大な勘違いストーリーです。
細かいことは
まだまだたくさんあるのですが
要は人生全般が自作自演なことに
最悪のように見える体験を通して
やっと気付いたのです。
だから、あなたがもし
今とても苦しくて悲しくて
明日に希望が持てないとしたら
いったんその気持ちを
書き出すなり録音するなりして
アウトプットして
自分で受け止めてあげてください。
無理でもね、やってみる。
そして
外に出て空を見上げて深呼吸して
これも想定の内!
わたしが創りました!
何とかなるさー!
と叫んでみてね。
(叫べない人は心の中でもオッケー)
一人ひとり
エネルギーの幅みたいなのがあって
プラスとマイナスは同じ量だから
すんごい苦しみと
すんごい喜びは
実は同時に発生するんですよね。
無理にポジティブになる必要はないけど
ネガティブから意識を逸らすことは必要です。
フラットな視点で俯瞰して
空の上から見るように
ものごとを捉えると
ふっととても楽になります。
深呼吸して散歩して
カラダを緩めてあげたりね。
ここ数年は
カウンセラーやアルバイトをしながら
入ってくる収入で生活をしていますが
時々臨時収入とか
想定外の援助を受ける
そんなことが
度々起きてくるようになりました。
「助けて」も言えるようになりました。
私の中の冷たい塊が
だんだんと溶けているんだなぁと
実感しています。
ネガティブに見えることは
これからも起きるとわかっています。
でも
それは次のステップへの階段であり
必ず登れるとわかっているので
怖くはありません。
あなたのそのネガティブも
実はゲームを進めるための強い味方です。
心のままに

今この瞬間を感謝でいっぱいにしましょう

まんまるスフィアでした
See you






