「リー、お前は人より行き詰まる要素を既に抱えてしまっているんだ」
リーとは僕のコト。僕はブルース・リーに似ているとたまに言われる。
※※※※※※※
西条さん
「リー、日本で1日に何人自殺してるか知ってるか?」
僕
「さぁ」
西条さん
「約100人だ。」
僕
「100人!?」
てことは1時間に約4人!
15分に1人は自殺している!?
そんなにこの国に自殺者がいるなんて知らなかった。
1年なら単純に3万6千5百人だ!
阿呆か!
(しかし後で調べたらそれは確かだった。因みに事故死は年間6000人位だったかな。)
西条さん
「つまりだ、もし今日中に100人自殺しなかったら明日以降でその埋め合わせをしなければその数字にならないって事だ。」
(つまり1日に100人以上自殺する人間がいる日もあるって事か。)
西条さん
「勿論この数字は表沙汰になっているものだけだから、そうなってないのも合わせればもっと数が増える。
自殺する人間ってのがどうゆう理由で自殺するのか考えてみろ。
お前の腕にあるソレも一つの要因だ。
そりゃ借金作って死ぬ奴や苛められて自殺する奴もいる、年取って年金だけの生活で行き詰まって死ぬ人もいる。
でもそんなのばかりじゃない。
例えば昔ヤクザやってたけど今は堅気です。なんて言ったって、会社入る時に、〈指を切除した方・刺青のある方〉ってきたらダメさ。」
(現に僕はその「刺青」の理由で幾つかの会社で断られてきた。)
西条さん
「会社に黙って入社出来たとしても健康診断なんかでバレたら即刻クビ。
まぁ自殺する人間の中にはそうゆう奴等もいるって事さ。
働き口がなくて行き詰まる。
そりゃ絵を見ればヤクザかどうかなんて大概は分かるけどな、でもダメなものはダメさ、今の日本はまだまだそうゆう国だ。
だからリー、今はこの会社で働けてるけど、もしかしたら今後この会社もそうゆう(タトゥーの入った)人間は一切雇うな。って事になるかもしれない。
な?考えられるだろ?
今は若いから何とでもなるかもしれないし、深くは考えないかもしれない。
ただこれが40とか超えてから言われたとしてみろ、奥さんも子供もいて、まして家や車のローンなんかがあったらどうだ?
いきなり職を失って、そんな年齢じゃなかなか職だって見付からねーよ。
あっという間に火の車さ。」
僕
「ん~そうですね~。まぁ僕もこれ入れる時点で他の人(墨のない人)より働き口が狭くなるとは思ってましたけどね。」
西条さん(僕に指を指しながら)
「そのくらいにしか考えてないんだよ。いいか、今の日本は貧乏人の生活しにくい国になっていってるんだ。
そしてリー、お前は人より行き詰まる要素を既に抱えてしまっているんだ」
僕
「…」
西条さん
「もし俺が何にも入れてなくて今この話を聞いたら入れないね。(苦笑い)」
そう、なんだかんだ言ってるが西条さんの身体にもタトゥーが入っている。
でもなんだ?人よりも行き詰まる要素を抱えているからなんだというんだ?
そのくらいにしか考えて無い?全てを語らなかっただけで僕はTATTOOを入れる事によって伴う最悪のデメリットも覚悟した上で入れたのだ。
そして一番聞きたくなかった。
「今なら入れない。」
僕はこの話をした上でも躊躇する事なく更に入れたいと思うし、入れる部位やイメージも決まっている。
ただ今はまだその時期ではないから入れないだけであって。
なんにでもタイミングがある。
ダルマの目を塗り潰すのと同じ様なものさ。
なにはともあれ、僕は自分を信じているし、どこかの企業に自分の生活を最後まで面倒みてもらう気もない。
てかそうじゃなかったら、そうゆう希望すら持てないのなら、それこそ今直ぐにでも死んだらいいと思う。
僕がそんな事を考えていたら、
西条さん
「俺がこんな話するもんだから元気無くしちゃったか??」
そうじゃない。僕が今そう感じさせる顔をしていたのならそれは、今瞬間に思ったこの気持ちを今の西条さんに話してもきっと分かってはくれないだろうと思ったから…
きっとまた若さのせいにしてしまうのだろうと思ったから…
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とまぁちょっと前にこんな話をしました。
それにしても自殺する人って多いんですね。
でもこんなにも悲しくないのはなぜだろう?
自分の身近な人がもし死んだらとても悲しい。
でも統計的にでた数字の上では人の死なんか当り前の様に思う。
確かに毎日のnewsで誰かが死んでいる。
あまりに慣れて麻痺してしまっているのだろうか。
今日は日曜日。別に平日もクソもないが…
日曜日というのは昔からの習慣か、それだけで気持ちがユルくなる。
それに今日は快晴!湿度も低いのか蒸す感じもなく心地良い。これこそ夏の良さかとフト思う。
そう感じられる自分はそれだけで幸せだと柄にもなく考える。
今日はもう43人位自殺したのかな?
11時迄にはもう1人…
これから死のうとしている人にはもうこの夏の良さ、いや、生きることの素晴らしさを伝える事は出来ないのだろうか…?