SPEED SKATE LOVE
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みなさんに大切なお知らせ。

私がスピードスケートを追いかけ始めたのが、2001年の秋。

それから今年の2月まで、3つの冬季五輪を体験してきました。


今シーズン、私はスピードスケートのレースを1つも見ていません。選手たちの成績も見ていません。


このブログにも、たくさんのコメントやメッセージを頂いています。でも、それにも何ひとつお答えしていません。


その理由の一部を、ここで、みなさんにお知らせしたいと思います。


一部の方たちから批判もありましたが、私は決して選手たちを平等に見ていないと思います。正直、サンキョーの選手たちばかりを見ていると言ってもいいかもしれません。


でも、私にとってのスピードスケートは、やはり三協精機スケート部であり、その私を引きつけてくれたのは、今村俊明監督なのです。


大菅小百合、羽石国臣、大菅淳子、加藤条治、吉井小百合、長島圭一郎、小原唯志、その他の選手たち。コーチ陣。みんなが大好きです。

そして、何より私は今村監督に惚れているのです。


その今村監督と、バンクーバー五輪期間中に、2人だけで話をしました。正直、私は今村監督を批判したり、傷つけたりすることも言いました。でも、今村監督は、常に笑顔で私の話を聞いてくれました。


私は、バンクーバー五輪後、スピードスケートの取材から離れようと思ったこともありました。

でも、関係者のみなさんや、選手たちに会いたい、やっぱり自分はスピードスケートが好きだという強い想いから、少しだけでも、自分に無理をしない範囲だけでもいいから、またリンクサイドに行きたいと願いました。


でも、今は、以前とは状況が違うのです。

誤解を恐れずに書けば、私と今村監督との関係は、もう今まで通りとは行かなくなってしまったのです。


でも、それも、すべて私自身の意志で招いたことなのです。


もちろん、今まで以上に良い関係に、今後、発展する可能性もあるでしょう。

でも、今は、敢えて距離を置く必要があるのではないかと感じています。


今、私はスピードスケートと同じくらい情熱を傾けられるものに向かって、力を注いでいます。


だから、このブログは、しばらくの間、このまま放置した状態にさせて頂こうと思います。


私は今でも、スピードスケートが大好きです。選手たちも、そして今村監督も大好きです。


また、みなさんと、この場で、リンクでお会いできる日が来ればいいなと思っています。


でも、取材というものは、仕事は、私自身の個人的な、勝手な想い、我儘ではできるものではありません。


このブログを楽しんで読んでくださっていた方たちには、本当に申し訳ないと感じています。


もう少し、少しといってもどのくらいなのかは私にもわかりませんが、どうか私に時間をください。


何卒、よろしくお願いします。




伝わらないもんですね…。反省してます。

昨日の夜、引退した吉井さんが居ないリンクは寂しいみたいなことを書いたら、さっそく誤解をされているような書き込みがありました。

決して、吉井さんだけが好きでスケートを追っかけてたわけじゃないです。まあ、そう誤解されなくもない書き方だったかな? とは思って、反省もしてます。


例えばですけど、吉井さんの特集記事や、あるいは単行本を書こうと思ったら、それくらいの想いは書くと思うんですよね。私のブログは、ある意味、そういうものの前段階的な要素も含んでいると思うので。


ご存じの方も多いと思いますが、私がスピードスケートを追いかけるきっかけとなったのは、大菅小百合さんです。当時は、それこそスケートを追いかけるというよりも、大菅さんを追いかけていました。それがきっかけで、サンキョーのみなさんに仲良くしてもらうようになり、妹の淳子さんや、吉井さん、加藤くんといった素晴らしい選手たちが入部してきて、五輪の取材を経験しました。

その後も、今村監督のはからいで、様々なスケート関係者の方と仲良くすることができるようになり、スピードスケートそのものを、全体を応援するようになりました。


確かに今年は、バンクーバー五輪が終わった後は、いつものようにスピードスケートを追いかけていません。でも、それは吉井さんが引退したことも多少はあると思いますが、まったく別の大きな理由もあるのです。

それはまだ、誰にも話してはいません。今村監督ならば、ひょっとしたらある程度お気づきかもしれません。

そのことは、時期やタイミングを見て、今村監督や、高村、小澤両コーチなどと話をする機会があればいいなと思っています。ただ、サンキョーもメダリストを輩出し、チームも変わって来ているでしょうし、今村監督は、スケート連盟の強化部長にも就任され、今までもお忙しかった方ですが、それがさらにお忙しく、また責任のある立場になられたので、そんなことも考えたうえで、あまりこちらから連絡を取っていなかったという部分もあるのです。


以上の文章が言い訳がましく感じられたならば、また反省しなければいけませんが。とにかく、昨日の誤解を招くような文章には反省をしています。吉井さん、及び文章を読んで不快に感じた方たちにお詫びを申し上げるとともに、反省をしております。


まあ、私のことを悪く思うのはまだよいですが、私が関わっているスケート関係者の方たちにまで、その影響が及ばないことを願っております。





吉井小百合の居ないリンク…。

9月になっても収まることを知らなかった猛暑も、ようやく落ち着いて、9月も後半に入ってやっと秋の気配を感じることができるようになってきた。

もうすぐ10月である。10月は、スピードスケートのシーズンが始まる月である。


しばらくスケート関係者とは連絡を取っていない。こんなことは、スケートの取材を続けて来て初めてのことかもしれない。

私も、昨シーズンで引退していった多くの選手たちと同じように、燃え尽きたような心で居るのだろうか?


10月後半。開幕戦となる日本距離別選手権。場所は長野エム・ウェーブ。私は、いつもと同じように、今年もリンクサイドで選手たちを見つめているのだろうか?


私がいつもと同じようにリンクサイドで選手たちを見つめていても、そこには明らかに違う風景がある。

大好きだった、吉井小百合の姿はもう無いのだ。


高校3年のシーズンから彼女の滑りを見始めて、世界の舞台へと駆け上がる姿を最後まで見させてもらった。思い出は、あふれるほどに、この心の中に詰まっている。

彼女と共に戦った同期の加藤条治、先輩の大菅小百合、後輩の辻麻希などは、また同じリンクに立ち続けるが、その中に吉井小百合の姿が無いことを想像すると、どうしても私の心のスクリーンは、何か間違った映像を流しているような気分になってしまう。


正直に、吉井小百合の居ないリンクは寂しい。でも、彼女が決めたことだ。


私はこの10月、エム・ウェーブのリンクサイドに居るだろうか?

次に私が吉井小百合と会うのは、どんな場所だろうか…。



少し、センチメンタルになり過ぎている。でも、それも私らしいと思ってもいる。




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