鬱と迂闊な月曜日 -92ページ目

見たことありますか?

ひとが自分の命を自ら経つ瞬間をその目で見た事はありますか?

未咲はあるのです。
とある報道機関で勤めていたときの事です。

一報を受け現場に向かいました。
そのひとは10階ほどあるビルの屋上の縁に佇んでいました。

下から警官が声をかけます。
何度も何度も。
しかしそのひとの耳には届いていなかったのでしょう。
完全に目がイッてました。
カメラをズームしてたのでわかりました。
目は一方をぼぉーっと見つめてるような、何も見ていないような、そんな感じでした。

今はわかりませんが、あの時代使っていたENGカメラのベータテープは20分。
そのテープを使い切る間も無くそのひとはふわっと落ちていきました。
下にはトタン屋根の駐輪場があり、その上に落下。
トタンを突き破りアスファルトに叩きつけられました。

即死でした。

もう15年以上も昔の事なのに、いまでもあのひとの目を覚えています。
報道は自殺は伝えません。事件性が絡まない限り伝えません。

殺人もそうですが、自殺も世間に公表されたからといってなくなるものじゃありません。
必ず第2、第3と出てきます。
殺人は許されるものでは絶対にありません。
どんな理由があろうとも、極刑にすべきだと僕は思っています。

自殺はどうでしょう。
未咲にはわからないのです。
だって自分自身、希死念慮を抱えているから。
飛び降りたあとひとだってそれを抱えていたのかもしれないし、突発的なことだったのかもしれない。
自分があのひとになるのかもしれない。
そう毎日思って生きてます。

ああ、どう死のうか。

先日もリスカしました。
それは死ぬつもりのものではなかったけど、未咲の中ではリスカは日常のものになっています。
痛みを感じないのです。
快感すらあります。
それがエスカレートしていくのか、それがいつくるのか自分でもわかっちゃいない。

ひとの死を目の当たりにしても、そう考えを持って生きている自分もどうかなぁって思ったりもします。
あのひとあの一瞬を躊躇っていたら、次の日には普通にゴハン食べてたかもしれないとか。

一線を越えるって、本当に薄皮一枚なんです。
ちょっと爪楊枝で刺せば簡単に穴が開く。

みんなそんな世界で生きているんです。

でも、明日はまだ死ねないんです。
夏休みの息子をね、一泊で温泉に連れて行くから。

その後のことは、その後のこととして。



アデュ。

未咲シキ。

偽物の家族でも。

妻と離婚して5年ほど経ちます。

僕ももういい歳です。
元妻もいい歳です。

互いに再婚の意思はそれぞれありません。
が、時折復縁の話をすることはあります。

それは、全て息子のためです。
まだ9歳。
彼はこれからまだまだ学ぶことがあります。
勉学もそうだけど、一般社会で生き抜く術を教えていく義務が僕たちにはあります。

だから決めたのです。
息子は離婚していることを知っています。
離婚の意味も少しは理解しているようです。

しかしながら、彼は僕と元妻と3人で過ごすことを望んでいます。

決めたこと。
遊ぶときは必ず3人で遊ぶ。
妻が叱る。僕が諭す。
僕が叱る。妻が諭す。

飴と鞭。

偽物だけども、その一瞬だけでも家族でいさせてあげたい。
これは我々のエゴでしかない。
それはわかっている。
だけど、9歳の彼には母親、父親が必要なのです。

エゴであろうと、全ては彼への愛が一番と考えた結論なんです。

彼は母親と暮らしています。
そこへ僕は割り込むことはできません。
法的な誓約があるから。けじめはけじめで。

水曜日、3人で温泉に行ってきます。
一泊だけの小旅行だけども。

息子が楽しみ、普段疲れのとれない元妻の癒しの時間になればと考えています。

楽しい旅行になるよう、綿密に計画を練ってるところです。
が、お盆時期なにがあるかわからないから、数パターン考えないといけません。


さぁ!仮面家族の旅が始まります!



アデュ。

未咲シキ。

””最後まで一緒に暮らすということ。”【拡散希望】”