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**YUMIRACLE BLOG**

ふだんのキラキラ カーテンのしわ ゆれ方                        ひかり  影  

ずいぶんと、久しぶりのブログ。

人って、文章を書かなくなると、ほんと書かなくなってしまうもの。

いつの間にか、自分がプライベートで思いを綴るということ、

そんな行動を忘れてしまったかのよう。

インプットは、ずいぶんしてきたのではないか・・と思いきや、

やはり、書くということをしないと、振り返ることもむずかしくなるし、

どの時期にどういう考え方をしていた、というのもわからなくなってしまうもの。

記憶力はいいほうだけど、記憶のなかのどうどう巡りになってしまう。

書いているうちに、はっと浮かぶ思いもある。

喋ることで、誰かと分かち合えても、手のひらにふわふわ浮かべた花びらを

パッと手放して、ふわりと散ってしまうようなもの。


たいそうなことを書くつもりもないし、書けないし、誰に見てもらうでもないし、

コミュニケーション手段でもない。

そんな気ままに、もう一度書けるかな。





ザザッとしたさざ波。

パラリと落ちた葉が、これまで
ちゃぷんちゃぷんと海の表面につかり

サンサンと照る太陽のもと
干からびたり
しなびたり
色が褪せたり
虫に喰われてボロボロになったり
破けたり

流れ枝におされて
海の底まで沈みこんだり

風の流れにそって
たまに
ぷかっと浮かんだり

浮かんだまま
流れに身を任せようと思ったら

特になみも立たず
流れなかったり

そのまま
同じところをいったり来たり
停滞したまま
枯れていきそうになったり

このまま枯れ葉の人生は終わるのだろうかと
枯れ葉の運命なのかと
なにも変われない浮かぶだけの姿
暖かい水面へ移動しようと
ジタバタ パシャパシャ

すると余計に停滞したり

そんな葉




そんな葉が、

ようやく優しい風に

 そっ と押されて

あたたかい風に

 ふわっ と浮かばされて

ぐんぐん空へ押し上げられそうになる

わーい と葉は喜び

今まで見たことのない視界に浮き足立ち

鼓舞し 太陽の光を感じ

光合成し 栄養を養いぐんぐん緑へ濃くなってゆく

だけれども

葉は知っている

これは風のお陰であると

葉は海にポツンと置き去りになっていた頃の無力感 無気力を思いだし

そこに戻ってはいけないと

風だけに浮かばされてはいけないと

いつまでも風に受け身ではいけないと

風への乗り方を 今のうちに学び

風の空気を察しては 

葉自身が風にうまく流れるよう

角度や動きを必死で習得しなければならない

そんな切迫した葉は

ふと海を見下ろしてみると

いつ飛ばされてしまうかと心配になりながら

なんとか











ecuteの社員のひとの話を聞く機会があった。
そこでは、on⇔off の切り替え効用としてのショッピング需要を察知し、よりよいサービスを展開したいと話してた。

なるほどなぁと。

家にかえる前、
電車に乗る前もしくは降りてからの
余白。

ご褒美スイーツを買ったり、欲しい服の下見をしたり。

そんな感覚でフラりと寄ってプチストレス発散、会社でのイヤな出来事を家に持ち帰らない様切り替えをしている人々。


会社の40代の既婚者が朝7~8時など早くに会社そばの喫茶店で珈琲を飲みながら新聞を読むのがとても好きだと言っていた。
なんでそんなに朝早く、わざわざ毎朝外で珈琲代を払って飲むのかと思っていた。

彼なりのonへの時間をつくっているのだろう。



音楽がいいな。















①仕事は
生理的に無理だったり、最も苦痛な分野でない限りにおいては、頑張ってこなすしかない。自分が自分で合っている仕事につき、楽しい!と思えるのはほんの一握りのこと。
いつまでも、自分に向いている仕事が他にあると思っているうちは不幸で、しかもそれがそのまま続く。
フロムpapa。


②六本木にある、本を自由に読めるスタバでのこと。隣の席で日本人女性(シンガポールにも由縁あり?)とアメリカ・台湾?のハーフの男性が喋っていた。
まだ出会ったばかりらしく、美男美女だったので興味津々に聞き入ってしまった。
自分達の身の上話や、日本語&英語を教えあうかたちで和気あいあいと主に英語で喋っていた。
いいなぁ。毎日海外ドラマを見ながら英語の発音を一人繰り返しているわたしにとって、新鮮だった。リアル英語は迫力が違う。
腹式呼吸でもしてるのか?というオーラ。
いいなぁ。

③麦酒は太るんだろうな。
輪郭をシャープにする。
飲み会で飲むなら麦酒は一杯。
家で飲むならハイボール。
それでも麦酒がいいならプリン体&糖質50%OFFのものにする。

④来年の6月までに髪の毛をのばす。


⑤大学卒業後からあらゆるシーンで自分をopenしなければならない時がちょこちょこと多々あったが、
また大きな節目にきている。
もう少しopen度合いが深く削られていきそうなこれから。
新しい局面である。







夏の1日分の暑さと
それによる体力的な疲労と
お酒によるちょこっとした脱力感が合わさって
今日の帰り道は 一歩一歩が とても
ゆっくりだった。
まるでスローモーションな具合に。

そうしたら、ふだん気付かなかった光景が、多々、垣間見れた。

細い道の奥のほうに 人の温かみのありそうな入り口がみえたこと
アパートの2階、3階へ続く外の螺旋階段が不気味さとPOPさをかねそなえていたこと

マンションの中階段の柵が街灯に照らされて、その落ちていた影が縞模様で美しかったこと

商店街の中の家の二階に出窓がついていて、その側面2方向がひらかれていたこと

病院前のプランターの植物にまだ花がついていなくて、これから成長するだろう状態であること。

今にもとまってしまいそうな
ぽつぽつした 足取りで

夏の匂いを感じられる 微かな風に吹かれる なかで

これだけのことを 帰宅の5分間足らずで
気づけて とても満足した。
ゆっくり歩いたから、10分くらいだったかもしれない。

ぁぁ、如何にいつも速く歩いているのだろう。















その場その場で切れるもの

食欲、満腹感、満足、充足感、
感動、怒り、…

フジロックで念願のレディオヘッドに会えた。
めちゃめちゃ胸がたかなり、
始まる前は緊張したりワクワクしたり。

実際に彼らの音源を生で聞いて、歌声を浴びて、
世の中にこんなにカッコいいものがあるのかと
感動し
とても気持ちよくなった。
レディオヘッドの音楽を聞いて過ごしてきたこれまでの(昔の)内的感覚が思い出されたり、その内的なものへの安心感を得たりした。

その場の充足感、欲望は
その都度その都度切れてしまう。

そのときに
すごく幸せを感じているはずなのに。
なにかフックみたいなものがないと、
いつの間にか何処かにしまいこまれてしまっている。

どうしてだろう?そうでないと
求めなくなるからだろうか















窓を開けてみたらそこは 静寂だった。
静寂ってこういうことをいうのだなと
思った。

集合マンションの小部屋内で
静かになったときに必ず聞こえる換気扇の
音のようなヒューやゴォーはきこえない。
本物の静けさ。

ただ、網戸の匂いがなんとも言えず、
この地元で過ごしていたころが
一瞬甦ってくるような
ワクワクするような、落ち着くような、
太陽に照らされた地面のような
好きな匂いにじんわりとした。

自分の立っている部屋の温度と、
静寂に包まれている網戸の向こう側は
同じ温度だった。
網戸があるのに隔たりは、ない、
ちょっと不思議な感覚だった。

静寂の奥の方でひんやりとした空気も
あるような雰囲気だった。
遠くから、かえるの声やコオロギの声が
聞こえてきた。
ヒュッという風や、虫たちの小さな声が
重なりあって、響きあって
束になって。

竹の上を冷たい水でひゅるひゅる流れる
素麺や、
畑に干してある藁を何かですくような、
そんな音に聞こえた。




<フワフワな場所>
あたたかい 柔らかい しっとり
ころころ しみじみ 懐かしみ
金平糖みたいなにおい

<スルリとした場所>
停滞 留まる ねむけ 静か コトン
無 くもり

<スッとした場所>
深く深く 止まる 一点 サ 重 ピント
クリア つるぴか 鮮やか

<ザザッとした場所>
トロピカル じんわり ビスケット
小さな スキップロード


そういえば
たしか
今日あたりマークの誕生日だったな。

はやい。もう
5ヶ月も経つのかぁ。1/27
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つれづれ



金環日食→リング状→指輪→プロポーズ

ということでロマンティックな思い出作りをしたためる人々がテレビ等で取り上げられていたりした。
最初に見たのは特ダネで、言い話だなぁとしみじみ心を打たれていた。

太陽が影になるという時にプロポーズなんてどうなの?といった茶々もピー子たちに入れられていたけれど、各々の物語の一部にそんなイベントが記憶になれば素敵。
そういえば…と振り返ったりしてみたり。

たくさんのそういった人々が紹介されていたので (大切な人との特別な日関連で)、逆に普遍的で特別じゃなく思えないかな?なんて最初は思ったりもしていたのだけど、

そのなかに、恋人ごと特有のエピソードがあるわけで、その小さな世界をひとつひとつ垣間見れたら素敵だなーなんて思ったりした。

そんななかで、

「太陽と月は全く異質なものなのに、それが一瞬でも重なり合う。」

と話していた人がいた。ピー子とは違う感性に、わたしも賛同。巡り合わせという意味では相応しい!