サバイバルゲームというものをご存じだろうか?今回は人生初サバイバルゲームについて書いていきたい。
サバイバルゲームは日本発祥の銃撃戦を模した遊び、競技である。「PUBG」や「APEX」といったFPSのゲームをリアルでするのだ。ちなみに私は「APEX」のランクリーグでブロンズ1の腕前を持つ。
滝野川高等学院の学院長がこれを人生最大の趣味としており、お供させて貰うことになった。
場所は埼玉県のサバイバルゲームフィールド
朝早くに現場入りし、準備をする。準備と行っても私は全くの初心者であったため装備は何も持参しておらず、汚れてもいい動きやすい長ズボンなどの服装、野球の格好に着替えただけであった。学院長から防具を貸して貰い、帽子、手袋、フルフェイスのマスク、防弾チョッキ、膝のガードを着けた。なかなかに似合っているだろう。
どっちがどっちかは説明しなくてもわかるだろう。
学院長の装備は何かのゲームのコスプレらしい、写真には写っていないが背中に付いている小道具は3Dプリンターで作り上げたという気合いの入りっぷりさすがである。
ちなみに今回借りた相棒はAK-74という銃らしい。
なかなか重かった。
銃を扱ったこともない私に学院長は銃の構造、撃ち方を教えてくれた。出会ってしばらくするが初めて何かを教わった気がする、教育者だったことを思い出させてくれた。
射撃場で初めての射撃をした。
へっぴり腰である。射撃はなかなか面白かった。
そんなこんなで初めてフィールドに立ちサバイバルゲームをした。
サバイバルゲームのルールを簡単に書いておくと弾が一発でも体や装備に当たると「ヒット」とで死亡判定になる。2チームに分かれどちらかが全滅するまでの殲滅戦や相手の陣地に行って鈴を鳴らすフラッグ戦がある。大体1ゲーム10分くらいである。他にもゲームによっては引き金を一回引くと1発しか弾が出ないセミオート、引き金を引き続けると際限なく弾が出るフルオートが限定されることもある。
人生初サバイバルゲームはセミオートの殲滅戦、開始の合図が鳴り歩き出した。
開始4秒で乾いた銃声がフィールドに響く。
この凶弾に私は倒れることになってしまう、ファーストキルだ。
高校時代によく担任の先生に言われていた「戦国時代だったら死んでるぞ」という言葉が走馬灯のように流れた。どこから撃たれたのかもわからなかった。
気を取り直して次の試合、人に銃口を向けるのに少し戸惑ってしまう、「 親父にもぶたれたことないのに!」というような箱入り息子であり、人も殴ったことの無い私にとっては重かった。
しかし、撃たなければ撃たれる、生きるためには撃たないといけない。
必死に銃が重いのか射撃に怯え震えているのかわからない手を抑え射撃、不発。何度か撃つと当たった、初めてのキルだ。うれしい。
そんなこんな沢山試合をして午前中が終わった。
午後にはバディ戦という2人1組で動き、片っぽが撃たれると両方退場というゲームをした。学院長とバディ組み戦場を駆けた。背中を預け合う感じがよかった。そういう感想を持っていたら学院長が撃たれた。むかついた。その無防備で大きな背中にフルオートで北斗七星の弾痕、いや星座早見表でも描いてやろうかとも思った。そのくらい思いが強くなった。
一つ印象に残ったゲームを紹介したい。
フルオートの殲滅戦での出来事、一人仕留めるのに弾倉、マガジンを二つ使い切ってしまい残りのマガジンは二つ、そして私のチームは残り二人、しかし一人が撃たれてしまう。ちなみに学院長はとっくに撃たれて退場済みである。相手もどうやら二人、一人と鉢合わせてしまう銃撃戦になるがフルオートということもあって銃に装着していたマガジンに弾丸が切れてしまう。リロード(マガジン交換)ができる状況では無く絶体絶命のピンチであるが空撃ちをし威嚇、なんとか時間切れまで逃げ切り引き分けに持ち込んだ。これにはサバゲーフィールドのスタッフの人に「よくあの状況から逃げましたね」と褒められた。
そんなこんなで7時間に及ぶサバイバルゲームが終わった。
フルフェイスのマスクをしていることもあり、とても汗をかいた。射線を切るためにずっと低い姿勢で動くことができず虫刺され、撃たれないように感性を研ぎ澄ましていたため疲れた。いくら防具があるとしても弾が当たれば普通に痛い。どこからか額のど真ん中を撃ち抜かれたときは「俺、、、死ぬのか?」と言ってしまうほどであった。しかし、それらの苦行を凌駕する楽しさであった。銃を撃つ、しかも人に向かって撃つ、これは非日常である、非日常はわくわくして面白い。
当会でもサバイバルゲーム大会を企画しているので是非参加して貰いたい。
非日常に行こう。
(宏)



