昨年11月末のOPEC(石油輸出国機構)総会において原油減産の合意に達しなかったことで、原油価格の下落に拍車がかかり、WTI原油先物価格は2014年6月20日の107.95USD/Bを記録して以降下落を始め、1月16日現在48.89USD/Bまで下落している。原油価格の下落をめぐっては様々な情報が飛び交っているが、どれも経済的な要因に終始しているように思える。原油が経済活動に欠かせない商品であることを考えると、その価格変動に需給バランスという純経済的な要因が影響を与えることは間違いない。
しかしながら、近現代の国家間戦争が資源配分をめぐるものであり、フランスの宰相ジョルジュ・クレマンソーが「石油の一滴は血の一滴」という言葉を残していることからもわかるように、石油という商品を考える時、その安全保障的な側面というものも無視はできない。今回は自分なりにOPEC減産見送りの意義について、サウジアラビアの観点から簡単に分析してみた。
今回のOPEC減産見送りにおけるサウジアラビアの戦略は以下の5点にあると考える。
(1)対米石油輸出の継続的確保。
(2)アメリカ海軍第5艦隊のバーレーン固定化によるペルシア湾、紅海、スエズ運河の安定的航行の確保。
(3)アメリカの親イスラエル政策への牽制。
(4)シリア・イラク地域で活動する「イスラム国」の弱体化。
(5)産油国であるイランおよびロシアの弱体化にともなうシリア・アサド政権の弱体化。
OPEC減産見送りによる原油価格の下落の目的は、台頭しつつあるアメリカのシェール・オイルのシェアをサウジアラビアが奪うことにあるとされる。ただし、シェール・オイルのシェアを奪うことはサウジアラビアおよび中東地域の経済的繁栄と地域の安全保障に強く関わることにあるというのが私の見立てである。
そもそもアメリカはシェール・オイルの生産量を伸ばすことによって、アメリカ国内での石油の自給自足を行うことを企図していた。アメリカが国内で石油の自給自足が可能となった場合、海外からの原油輸入量を大きく減らすことが予想された。現に2005年に約50億B/年を記録して以降、2010年に前年比微増をしたものの、2013年までに約36億B/年にまで落ち込んでいる。(U.S. Energy Informaition Administration "U.S. Imports of Crude Oil and Petroleum Products"による)。
サウジアラビアからの輸入量が劇的に減少していることは確認されていないものの、今後アメリカ国内のシェール・オイル開発が活発化すれば、そのシェアが縮小することはほぼ確実であっただろう。(サウジアラビアからアメリカへの原油輸入量の推移については、U.S. Energy Informaition Administration "U.S. Imports from Saudi Arabia of Crude Oil and Petroleum Products"を参照されたい)。
今回のOPEC減産見送り後の原油価格下落はアメリカのシェール・オイル企業に大きな打撃を与えた。元々シェール・オイルの掘削コストは従来の油田のコストと比較するとはるかに高いとされる。米調査会社IHSの調査によればアメリカのシェール・オイル企業の採算ラインは50~69USD/Bとされ、これを割り込んでいる現在、多くのシェール・オイル企業が苦境に立たされていると考えてよいだろう。現に1月4日にはテキサス州のシェール・オイル・ガス開発会社であるWBH Energyが米連邦破産法11条の申請を行っている。(日経新聞1月9日付電子版)
アメリカ国内でシェール・オイル企業が操業停止や破綻に追い込まれると、国際石油市場における原油供給量が減少し、サウジアラビアをはじめとする産油国の対米原油輸出量は増加することになる。OPECの減産見送りは、原油価格の大規模な下落を経て、掘削コストの高いシェール・オイルの操業停止、実質的な原油の減産へとつながる。
サウジアラビアのヌアイミ石油鉱物相が「原油価格が20USD/Bになっても減産しない」と豪語したのは、サウジアラビアの原油が20USD/Bとなっても採算割れを起こさないゆえであろう。ただし、この採算はヌアイミ石油鉱物相が会長を務めるサウジアラムコ社にとっての採算であり、2015年度のサウジの国家予算と照らしあわせて考えた場合には不採算である。(2015年度予算においては60USD/Bが前提とされているが、この時点で既に1,450億SAR(1SAR=32JPY換算で4兆6,400億円)の赤字である)。しかしながら、サウジは2014年10月現在、公的貯蓄において1兆4,920億SAR(47兆7,440億円)、総資産額は2兆7,800億SAR(88兆9,600億円)を保有するとされており、原油価格下落が短期に留まれば十分乗りきれる水準の赤字額と言えよう。
アメリカが国内のシェール・オイルへの依存を強めた場合、当然海外への石油依存度は低下し、上述の通り原油輸入量は減少した。産油国周辺におけるアメリカ企業やアメリカ人の経済活動が減少し、アメリカ向けの船舶の航行量が減少することにつながったはずである。このことはつまり、湾岸戦争以降急速に作戦活動が活発となったアメリカ中央軍(フロリダ州タンパに司令部を置き、中東全域を管轄する)および第5艦隊(バーレーンに司令部を置き、ペルシア湾、紅海、アラビア海、東アフリカを管轄する)の縮小を可能にするとも考えられた。また、中東産油国(それは全てイスラム諸国である)への依存を低下することから、アメリカは親イスラエル政策において比較的フリーハンドを確保できるようになったであろう。
サウジアラビアにとって、シェール・オイルの開発拡大はアメリカ市場という巨大な原油消費地を失うのみならず、自国と中東地域の安定を損なうことにつながると認識していたはずである。自国の中長期的な経済的繁栄と安全保障上の安定を考えると、短期的には原油価格が下落したとしてもシェール・オイル開発を抑制させることに意義はあるという判断が今回のOPEC減産見送りにつながったものと考えられる。
今回のOPEC減産見送りの安全保障上の効果はシリア問題にも現れるだろう。ひとつは昨夏から攻勢を強めている「イスラム国」(Islamic State, IS)の弱体化である。ISはシリアおよびイラク国内の油田や製油所を支配下に置いているとされ、原油や石油製品の密輸によってその資金を得ているとされる。密輸品といえども国際石油市況が下落すればその販売価格は下落し、収益性が悪化することが考えられる。原油価格の下落はISの資金源を断つという意味でも有効なのである。
サウジアラビア政府と国内のワッハーブ派はISに対して極めて厳しい態度で臨んでいる。昨年8月には国内のワッハーブ派の最高権威であるシェイク・アブドゥル・アジズ・アル・シェイク氏がISに対する非難声明を発しているし、9月に始まったISに対する空爆においてはハリド王子(サウジアラビア空軍所属)が自らF-15で空爆を行っている。ハリド王子はサルマン皇太子の子息であり、サルマン皇太子は国防大臣を兼務している。つまり、サウジは世俗権力と宗教的権威の双方がISの存在を認めないという態度を公式に表明し、行動に移しているということである。
シリア問題におけるもうひとつの安全保障上の効果は、原油安によってイランおよびロシアを弱体化させ、両国が支援するアサド政権をも弱体化させることにある。イランは核開発疑惑にともない国際社会から既に経済制裁を受けている。今回のOPEC総会においては減産見送りに反対したとされるが、それは原油価格の下落によってさらに経済的窮地に陥ることを危惧したからに他ならない。ロシアも原油価格下落にともないルーブルの下落に拍車がかかっている。両国が経済的窮地に陥ることで、アサド政権への支援も弱まる可能性がある。
サウジにとってはISもアサド政権のいずれも支持できる存在ではない。サウジからの対米石油輸出(原油価格下落とドル高を背景にアメリカは安価に原油調達が可能となる)と引き換えに、ISおよびアサド政権の弱体化にアメリカを引きずり込み利用することは、少なくともサウジとその他の中東産油諸国の国益に適うのである。
OPEC減産見送りとその後の動向を見ていると、王族ではなくいちテクノクラートにすぎないヌアイミ石油鉱物相の存在感が際立っている。それは彼自身が非常に有能なテクノクラートであることを示していると同時に、彼をバックアップしている有力王族が多いことを示しているように思う。最大の後見人は言うまでもなくアブドゥラ国王であるが、それ以外にも第一副首相と国防相を務めるサルマン皇太子、第二副首相を務めるムクリン副皇太子、外相を務めるサウード・ビン・ファイサル王子、「中東のバフェット」の異名を持ち、キングダム・ホールディングスのCEOを務めるアル・ワリード王子あたりとの関係が非常に良好なのだろう。また、「20USD/Bでも減産しない」という具体的な価格に関する発言ができることを考えると、アル・アサフ財務相のような経済閣僚との関係も良好なのだろう。
OPEC減産見送りにともなう原油価格下落で、サウジアラビアの国家予算は赤字に転じた。(原油価格60USD/B前提で、歳入7,150億SAR(1SAR=32JPY換算で22兆8,800億円)に対して歳出は8,600億SAR(27兆5,200億円)であり、1,450億SAR(4兆6,400億円)の歳出超過)。赤字に転じたとはいえ、上述のようにサウジの公的貯蓄は1兆4,920億SAR(47兆7,440億円)に上るため、ロシアやベネズエラのように危機的な状況にあるわけではない。長期的な原油価格下落は国家財政を逼迫することとなるが、中長期的に原油価格を安定させ、歳出削減を行うことで経済的繁栄と地域の安定を保つことは可能であろう。
【参考資料】
King says growth to continue as KSA unveils largest budget
しかしながら、近現代の国家間戦争が資源配分をめぐるものであり、フランスの宰相ジョルジュ・クレマンソーが「石油の一滴は血の一滴」という言葉を残していることからもわかるように、石油という商品を考える時、その安全保障的な側面というものも無視はできない。今回は自分なりにOPEC減産見送りの意義について、サウジアラビアの観点から簡単に分析してみた。
今回のOPEC減産見送りにおけるサウジアラビアの戦略は以下の5点にあると考える。
(1)対米石油輸出の継続的確保。
(2)アメリカ海軍第5艦隊のバーレーン固定化によるペルシア湾、紅海、スエズ運河の安定的航行の確保。
(3)アメリカの親イスラエル政策への牽制。
(4)シリア・イラク地域で活動する「イスラム国」の弱体化。
(5)産油国であるイランおよびロシアの弱体化にともなうシリア・アサド政権の弱体化。
OPEC減産見送りによる原油価格の下落の目的は、台頭しつつあるアメリカのシェール・オイルのシェアをサウジアラビアが奪うことにあるとされる。ただし、シェール・オイルのシェアを奪うことはサウジアラビアおよび中東地域の経済的繁栄と地域の安全保障に強く関わることにあるというのが私の見立てである。
そもそもアメリカはシェール・オイルの生産量を伸ばすことによって、アメリカ国内での石油の自給自足を行うことを企図していた。アメリカが国内で石油の自給自足が可能となった場合、海外からの原油輸入量を大きく減らすことが予想された。現に2005年に約50億B/年を記録して以降、2010年に前年比微増をしたものの、2013年までに約36億B/年にまで落ち込んでいる。(U.S. Energy Informaition Administration "U.S. Imports of Crude Oil and Petroleum Products"による)。
サウジアラビアからの輸入量が劇的に減少していることは確認されていないものの、今後アメリカ国内のシェール・オイル開発が活発化すれば、そのシェアが縮小することはほぼ確実であっただろう。(サウジアラビアからアメリカへの原油輸入量の推移については、U.S. Energy Informaition Administration "U.S. Imports from Saudi Arabia of Crude Oil and Petroleum Products"を参照されたい)。
今回のOPEC減産見送り後の原油価格下落はアメリカのシェール・オイル企業に大きな打撃を与えた。元々シェール・オイルの掘削コストは従来の油田のコストと比較するとはるかに高いとされる。米調査会社IHSの調査によればアメリカのシェール・オイル企業の採算ラインは50~69USD/Bとされ、これを割り込んでいる現在、多くのシェール・オイル企業が苦境に立たされていると考えてよいだろう。現に1月4日にはテキサス州のシェール・オイル・ガス開発会社であるWBH Energyが米連邦破産法11条の申請を行っている。(日経新聞1月9日付電子版)
アメリカ国内でシェール・オイル企業が操業停止や破綻に追い込まれると、国際石油市場における原油供給量が減少し、サウジアラビアをはじめとする産油国の対米原油輸出量は増加することになる。OPECの減産見送りは、原油価格の大規模な下落を経て、掘削コストの高いシェール・オイルの操業停止、実質的な原油の減産へとつながる。
サウジアラビアのヌアイミ石油鉱物相が「原油価格が20USD/Bになっても減産しない」と豪語したのは、サウジアラビアの原油が20USD/Bとなっても採算割れを起こさないゆえであろう。ただし、この採算はヌアイミ石油鉱物相が会長を務めるサウジアラムコ社にとっての採算であり、2015年度のサウジの国家予算と照らしあわせて考えた場合には不採算である。(2015年度予算においては60USD/Bが前提とされているが、この時点で既に1,450億SAR(1SAR=32JPY換算で4兆6,400億円)の赤字である)。しかしながら、サウジは2014年10月現在、公的貯蓄において1兆4,920億SAR(47兆7,440億円)、総資産額は2兆7,800億SAR(88兆9,600億円)を保有するとされており、原油価格下落が短期に留まれば十分乗りきれる水準の赤字額と言えよう。
アメリカが国内のシェール・オイルへの依存を強めた場合、当然海外への石油依存度は低下し、上述の通り原油輸入量は減少した。産油国周辺におけるアメリカ企業やアメリカ人の経済活動が減少し、アメリカ向けの船舶の航行量が減少することにつながったはずである。このことはつまり、湾岸戦争以降急速に作戦活動が活発となったアメリカ中央軍(フロリダ州タンパに司令部を置き、中東全域を管轄する)および第5艦隊(バーレーンに司令部を置き、ペルシア湾、紅海、アラビア海、東アフリカを管轄する)の縮小を可能にするとも考えられた。また、中東産油国(それは全てイスラム諸国である)への依存を低下することから、アメリカは親イスラエル政策において比較的フリーハンドを確保できるようになったであろう。
サウジアラビアにとって、シェール・オイルの開発拡大はアメリカ市場という巨大な原油消費地を失うのみならず、自国と中東地域の安定を損なうことにつながると認識していたはずである。自国の中長期的な経済的繁栄と安全保障上の安定を考えると、短期的には原油価格が下落したとしてもシェール・オイル開発を抑制させることに意義はあるという判断が今回のOPEC減産見送りにつながったものと考えられる。
今回のOPEC減産見送りの安全保障上の効果はシリア問題にも現れるだろう。ひとつは昨夏から攻勢を強めている「イスラム国」(Islamic State, IS)の弱体化である。ISはシリアおよびイラク国内の油田や製油所を支配下に置いているとされ、原油や石油製品の密輸によってその資金を得ているとされる。密輸品といえども国際石油市況が下落すればその販売価格は下落し、収益性が悪化することが考えられる。原油価格の下落はISの資金源を断つという意味でも有効なのである。
サウジアラビア政府と国内のワッハーブ派はISに対して極めて厳しい態度で臨んでいる。昨年8月には国内のワッハーブ派の最高権威であるシェイク・アブドゥル・アジズ・アル・シェイク氏がISに対する非難声明を発しているし、9月に始まったISに対する空爆においてはハリド王子(サウジアラビア空軍所属)が自らF-15で空爆を行っている。ハリド王子はサルマン皇太子の子息であり、サルマン皇太子は国防大臣を兼務している。つまり、サウジは世俗権力と宗教的権威の双方がISの存在を認めないという態度を公式に表明し、行動に移しているということである。
シリア問題におけるもうひとつの安全保障上の効果は、原油安によってイランおよびロシアを弱体化させ、両国が支援するアサド政権をも弱体化させることにある。イランは核開発疑惑にともない国際社会から既に経済制裁を受けている。今回のOPEC総会においては減産見送りに反対したとされるが、それは原油価格の下落によってさらに経済的窮地に陥ることを危惧したからに他ならない。ロシアも原油価格下落にともないルーブルの下落に拍車がかかっている。両国が経済的窮地に陥ることで、アサド政権への支援も弱まる可能性がある。
サウジにとってはISもアサド政権のいずれも支持できる存在ではない。サウジからの対米石油輸出(原油価格下落とドル高を背景にアメリカは安価に原油調達が可能となる)と引き換えに、ISおよびアサド政権の弱体化にアメリカを引きずり込み利用することは、少なくともサウジとその他の中東産油諸国の国益に適うのである。
OPEC減産見送りとその後の動向を見ていると、王族ではなくいちテクノクラートにすぎないヌアイミ石油鉱物相の存在感が際立っている。それは彼自身が非常に有能なテクノクラートであることを示していると同時に、彼をバックアップしている有力王族が多いことを示しているように思う。最大の後見人は言うまでもなくアブドゥラ国王であるが、それ以外にも第一副首相と国防相を務めるサルマン皇太子、第二副首相を務めるムクリン副皇太子、外相を務めるサウード・ビン・ファイサル王子、「中東のバフェット」の異名を持ち、キングダム・ホールディングスのCEOを務めるアル・ワリード王子あたりとの関係が非常に良好なのだろう。また、「20USD/Bでも減産しない」という具体的な価格に関する発言ができることを考えると、アル・アサフ財務相のような経済閣僚との関係も良好なのだろう。
OPEC減産見送りにともなう原油価格下落で、サウジアラビアの国家予算は赤字に転じた。(原油価格60USD/B前提で、歳入7,150億SAR(1SAR=32JPY換算で22兆8,800億円)に対して歳出は8,600億SAR(27兆5,200億円)であり、1,450億SAR(4兆6,400億円)の歳出超過)。赤字に転じたとはいえ、上述のようにサウジの公的貯蓄は1兆4,920億SAR(47兆7,440億円)に上るため、ロシアやベネズエラのように危機的な状況にあるわけではない。長期的な原油価格下落は国家財政を逼迫することとなるが、中長期的に原油価格を安定させ、歳出削減を行うことで経済的繁栄と地域の安定を保つことは可能であろう。
【参考資料】
King says growth to continue as KSA unveils largest budget