♪「叱られて」
叱られて 叱られて
あの子は月まで お使いに
一番ぼしのときには、家にいるように、いつも父さんに言われているのを忘れたわけじゃない。
桜が咲いて、うれしくてみんなで川まで遠出したけど、帰ろうといそいでいたら、針のような月が出てきて、急にさむくなって、風が吹いてきて、たっちゃんや弓子がこわがったんで、家に送ってやったら、もうすっかり暗くなってた。
父さんにあやまろうと思っても、なにも言わせてもらえなかった。
「そんなに夜歩きが好きなら、一人で月灯りを取りに行ってこい!」
母さんは黙って月灯りを入れる白い貝を、風呂敷に包んで渡してくれた。
「父さんは今日早く帰って、あったかくなったから、お前と月灯りを取りに行くって、張りきって待ってたんだよ。 もう何回かしたら、お前を一人で出してもいいなって。 父さんに教わった通りに行けば、大丈夫だから行っておいで。 星がみんなそろう前に行かなくちゃね。」
新月、月のない夜のあとの初めての、ひと指で書いたような針の月に月灯りをもらいに行くと、月と同じように次の新月まで、月灯りが貝のなかでともり続けるのだ。
包まれた貝を腕に確かめながら、父さんのように、月をめざして、月を念じて、ぼくは歩き上がった。 迷いはしなかった。
「月灯りをいただきに参りました。」
月の女の神さまはまぶしくて、ぼくにはいつも見えない。
「かわいいお使いですこと。 ひと月たのみましたよ。」
「はい、ちょうだいいたします。」
貝に入れられた黄金色の灯りをしまい包み、ぼくはしっかり抱き歩き下りた。
父さんにたのまれた。
母さんにまかされた。
家に帰る。
たっちゃんや弓子に明日学校で会うんだ。
家につくと父さんが待ってた。
そろうと帰れなくなる星そろいにも間にあった。
「早かったな。 怪我はないか。」
「父さんのいうとおりに行ったから大丈夫だったよ。」
「もう大丈夫だな。 今度、俺の行けないときは、たのむ。」
「承知しました。」
その夜ぼくは、ぼくの持ち帰った月灯りをぼんやり感じながら、眠った。
朝、いつものように父さんはぼくより先に出かけて行った。
「おはようございます。 昨日、遅くなったんで明くんに送ってもらいました。」
いつもより早くむかえにきた二級下のたっちゃんが、父さんにあいさつするのが聞こえた。
「あっちゃん昨日、遅く帰って叱られなかった?」
廊下で会った弓子が、心配そうにたずねてきた。
「大丈夫だよ。 昨日、月灯りを取りに行ったんだ。」
「わあ、すっごいね。 こわくなかった? 月の女神さまはキレイだった?」
「まぶしすぎて見えないんだよ」
「そうなんだ、女のコは行けないからね」
「やさしい声だったよ」
「あっちゃん、ここに、月灯りがついてるよ」
ボタンのはずした穴に、かすかに月灯りがこぼれてた。
「あげるよ。 見つけたから。 筆ばこにかくして」
「ほんと? うれしい。 はじめてもらった!」
今日、父さんに来月また月灯りを取りに連れて行ってもらえるか、お願いしてみよう。
そして、ぼくも月灯りがもられるか、聞いてみよう。
たっちゃんや弓子にあげてもいいか、聞いてみよう。
おしまい
♪「叱られて」
二人のお里は あの山を
越えてあなたの 花のむら
ほんに花見は いまのこと
「母の唄 ~日本歌曲集~」 米良美一
1996.9.21 KICC202