足を止め、目を閉じ、頭を下げる。 四月の日曜、朝8時40分。 マリア像はいつものように綺麗に飾られていた。 白のラッパ水仙を両腕に抱き上げ、黄色い黄金のパンジーを足元にして。
いつものように教会のドアを開けた。 ひんやりとした空気が緊張と和らぎをくれる。 古い木にしみた蝋燭や香、人の匂い。 共用の茶色いスリッパを履き、緑の人の通り道が薄く白くなったじゅうたんを歩き、お御堂に入る扉を開ける。
人がいた。
真っ直ぐな黒髪が肩まで、うすい茶色のワンピースを着た若い女が、一番前で膝を折り、重ねた両手を前にし、首を落とし入れ、祈っていた。 肩甲骨が背中に浮かんでいる。 静寂。 深く、深い、祈りの姿は動かなかった。 祭壇と同じようにただそこにあるだけのような一体感。 動けず、僕は眺めていた。
隣でなにかが動いた。
天使…女の子だった。 二歳くらいのベージュのワンピースを着た女の子が白い靴下の足を、ぷらぷらさせて、祭壇を眺めていた。
僕の日曜日の楽しみ、誰もいないお御堂に一番に入り、お御堂のすべてを自分のものにし、囲まれるものすべてに一人見つめられ、祈ることが、今年になって初めて破られた。
僕はそのまま、一番後ろの席に座って祈った。 不思議と心地よかった。 動いている祈りの気持ちが漂っている中、自分も祈り漂った。 一番だとか、一人にこだわってる自分が、おかしくも思えた。
教会にはいろんな人が突然やってくる。 祈っていた親子と思われる二人に挨拶した。 なんだか言葉のイントネーションに違和感があり、乾いたタルカム・パウダー的な香りが微かにした。
新しく置いてあったイベントのちらしを眺めていたら、今週の当番の信者がやってきて、いつものように僕もミサの準備を手伝った。
ミサが始まる15分前から、どんどん人が入ってくる様子を、いつもの窓よりの自分の席で感じてると、お御堂自体もこの景色の変わりようを眺めてるんだろうなと思う。人が空を眺めるのと反対で、人の動きも空の様に、雲が景色を作るように、泣いたり、怒ったり、晴れたり、様変わりしてるんだろう。
うす茶の親子は転出して席が空いていた、僕の斜め前に座った。 女の子はちょろちょろしていたが同じ位の子どもにしたら、おとなしいほうだろう。 ぐずらず、声を上げなかった。 うすい使い込まれたピンクのタオルを持ち、リングになっている金のピアスをしていた。
10時が過ぎ、オルガンの音でミサが始まった。
「神の子羊…」
歌ミサだった今日、祈りの箇所で、母親が耳慣れない言葉で微かに歌っていた。 震えるように高音で重ねる声は、静かに遠くから聞こえる鳥の呼鳴のようにも聞こえた。
「我らに平安を与えたまえ…」
祈りの後、頭を上げると、彼女はまだ深く両手に額をつけて祈っていた。
お御堂の中は暖まり、光りが挿していた。
ミサの後、神父から新しい転入者の紹介があった。 マリア像の横に並んだ、うす茶の親子は日本語名だが、ブラジル三世だという。 二人ははにかんで頭を下げた。 信者のなんでも口に出すおばさんが、
「かわいいねえ…。」
と、言葉をもらした。