ガキの使いが始まってから数十年、毎週のように行っていた人気企画「ハガキトーク」

ですが、
時代のニーズや大人の都合によって突如としてその企画に終止符が打たれた。

「もうハガキトークを見ることができない。」

趨勢真っ暗となったあの恐るべき衝撃から約8年の月日が経った。

ある日、ネットを見ていると、


ハガキトークの復活の記事が…。


それが一夜限りなのか、レギュラー化するのかなんて関係ない。



地上波からハガキトークが消えてからといえば、
日本の笑いは平行線を辿るばかりであった。
僕等の世代で売れた若手芸人が8.6秒バズーカくらいであるという現実は飲み会でリズムゲーや大声を出せば自分が一番面白いと勘違いしてしまう大学生が増えるのも致し方ないことだ。




いや、そんな旧態依然としているのは笑いだけではないのかもしれない。


タートルネックにロングコートのセットアップが流行っていると言われればとりあえずそれを着る大学生。


インスタに載っけるためにお洒落なスイーツを食べているのか本当に食べたいのかいまいち判然としない女子大生。


菅田将暉が出演していればドラマ自体のクォリティなんてどうでもよくなってしまうOL。


栄枯盛衰、諸行無常の世の中でそんな
“自分を持たない”人種が芋づる式で増加していく一方なのだ。



それほどハガキトークの存在、いやダウンタウンがアドリブで笑いを構築していくという追従を許さないその企画こそが世間に自分の意見を持つことの魅力そしてクリエイティブな影響を与えていたに違いない。









というわけで久々にハガキトークを見たわけだが、やっぱり面白い。
というより二人は何も変わってない。
それもいい意味で。



毎回思う。
笑いとは本来在るべきフォーマットや常識を逆方向、または多方面から破壊、そして再構築してゆく作業のようなもので、その中の礎を成す原形を知らなければ、意図して破壊された側面にすら気が付かずに通り過ぎてしまう。 
ただ、賢い人間はこう思うかもしれない。
“理解できる事を自慢に思っているだろう”と。
まぁその通りである。
ならば、逆に聞こうそれの何がいけないんだと。
繊細さとナルシシズムは表裏一体で紙一重なんだ。
ダウンタウンという天才と同じ濃度の酸素を吸うというのはそうであるしかないんだよ。








少し角が立ってしまったけど、実際トーク内容は50代のおっさんとは思えないほどいわゆる厨二病です笑 ですが、面白いを突き詰めていくと結局はそこに辿り着くんだなとハガキトークを見る度に感じます。








この先ずっと続いていくかはわかりませんが、これからも僕を笑わせてください。



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