こんばんは!

前回第4弾は少なかったので今回は
少し盛りだくさんな形で書いていきます
高校時代の続き(1年夏~)です

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・ボウリング部として最初の大会が終わり、
 唯一の3年生の先輩も引退。残された1年生4人で
 次の主将を決めなければいけない。主将は
 実力勝負ということで、9月のある2日間で
 合計4ゲームのトータルスコアで1位だった人を
 主将にすることにした。
・4ゲームの結果、自分が勝った為主将に3年の
 夏まで約2年務めた。
・主将とはいえ、全国を狙う部の主将というわけではなく
 同好会レベルの主将なので、口でガーガー言うことも
 せず、普段の練習から常にスコアでメンバーで上を
 いく形で態度で見せていただけである。
・部活としてはボウリング部として楽しさを見出し2年半を
 過ごすことを決めスコアも順調に伸びていった。
 反面、勉強は全く出来ず、中学時代より苦手にしていた
 理数系は特に試験でも足を引っ張った。
・理数系の出来の悪さはある意味でピカイチ。1年の
 化学、数学1、数学Aでクラスで最下位を取ったことが
 ある。特に数学1では小学校時代からも含めて最低の
9点を取ったことがある。1年生最後の期末試験で
 進級可能な点数を取ってギリギリ2年生に上がることが
 出来た。
・当時の担任の先生からは「ボウリングと同じぐらい
 勉強も集中して取り組んでほしい」とごもっともなことも
 言われた。

2年
・1年生で理数系の成績が足を引っ張ったことで、2年次の
 コース選択で、特別進学コース難関私立四年制大文系を
 選択するが、学年トップの1組に入れず、2組に入った。
 2年からの2年間はメンバーは誰一人変わっていない。
 ちなみに1年1組→2年2組へ移った人間は自分しかいない。
 ちなみに自分と同じくらいの成績だった人たちは、
 理系にシフトするか、普通進学コース(5組~)に分かれた。
・2年生になってメンバーとの初顔合わせ。同じ高尾台中の
 メンバーがたくさんいたことでかなり助けられた。
・高校に入ってからも席替えというものはあったが、授業を
 集中して受けたい人や視力が悪い人は希望して前の座席に
 行けるルールがあったので、行くこともできたが
 正直そこまでは考えていなかったので、座席はだいたい
 後列が定位置だった。
・1年生のときが1組というトップクラスの環境という
 プレッシャーがあった分、2組は「その次」という感覚を
 多少なりとも持っていたので、気が楽になってあまり
 縛られるような形にならず勉強が出来た。
 ただ、理数系の苦手なことには変わらず、2年に上がって
 からも数学Ⅱ、Bで1回ずつ赤点を取った。
・2年に上がってから試験は最初の中間試験で13位となり
 成績はどうあれ、毎回30番台だった1年のころとは違った
 ので、とにかく安心した。それ以降の試験はすべて1ケタ
 順位で過ごしていたので、2組で良かったと思っている。
・2年に上がってボウリングの調子は夏場は安定した形に
 なったが、今ひとつ爆発力がなく上位に進出出来なかった。
 ひとつ下の後輩は男子2人、女子1人が入部した。特に
 男子2人はまさかの1組で学年で成績トップの子がいた。
・夏の大会が終わってから、夏休みは通常の部活であれば
 たくさん練習するものだが、ボウリング部はそこまで
 しなかった。
・夏休み期間中、高校の海外研修プログラムでアメリカに
 行くことが決まっていた。この為、夏休みの宿題は免除
 された。
・研修プログラムではアメリカ・オレゴン州ポートランド
 郊外の小さな町で1か月間を過ごした。
・当初行くはずだったホストファミリーの都合が悪く、
 1日だけ別のホストファミリーに預けられた。
・英語の勉強をした現地の学校は小学校だった。日本の
 高校生の英語レベルは現地だと小学生のレベルであると
 現実を知らされた。行ったメンバーみんな最初は
 日本語が出そうになるので「No,Japanese!」とよく
 言われたが、中盤ぐらいからは何とか英語で伝えようと
 努力した。
・現地はサマータイムで現地時間の21時でも空が相当
 明るい。そしてホストファミリーの子どもは長男が12歳、
 長女が10歳、次男が8歳の3人兄弟。子どもと同じ時間に
 寝かしつけられるのだが、最初はなかなか寝付けなかった。
・各校が新チームとなった秋となっても自分たちは変わる
 ことなく7人の体制でいった。そんな折、秋の新人戦で
 選手宣誓の役が自分たちの高校に回ってきた。
 当然、有無を言わさず、自分がやることになった。
 ここまでの人生で一番の大役だった。
 宣誓は自分の言葉で原稿をつくり、覚えた。
・迎えた当日。選手、引率の先生たち、ボウリング場の
 支配人さんやスタッフさんがいる中で何とか宣誓を
 終えた。その日の試合が終わったあと、帰宅したときに
 母親が仕事に行く途中にボウリング場に寄って見えない
 ところで聴いていた事実を知った。

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今回はここまでです。

また時間があるときに書きます。