1ヶ月ぶりのアサナクラス。
本日のアフターヨガ談義は、体に負荷をかけて呼吸に意識を向けるのはなぜかという話から、最終的にアサナの目的はなにか?という話へ。
体を柔らかくするためではないのです。
答えはまず呼吸の制御(プラーナの制御)、そしてそれによる一点集中で二元性を超えること。
思い起こせば何度かアサナの中で観察の対象と観察者である自分の境界線が無くなったことがあるけど、それのことかなと。ポーズをとっているはずの自分がポーズ自体になっている、もしくはポーズの中にいる感じ。瞑想中にも同じ体験があったけど、そうなった時にそこからどうしようかなと考えたら元に戻っちゃって、なにかをしようとする行為自体が二元性の世界のことだから、そこに留まることができないようです。
OM tat sat.あれはそれ。
言葉にもできない次元では、ただ在ることだけが許されるのかなと。思春期のころに探求してた意識を変容させる物質がインスタント禅と言われるのは、こんな体験を一時的にさせてくれるからなのだ。これぞ究極のオーガニックなトリップ!たまんないくらい面白い。まだまだ入口が見えたくらいで先は長いけどまた一歩、知識に体験が追いついたような気がして喜びに震えた。ヨガと瞑想は意識の進化におけるタイヤの両輪になるそうです。引き続きお互い磨いていきましょう。
ありがとうございました。