どこからか、ふわっと漂ってくる。
「この香りは金木犀だよ。」
と教えてくれたのは父だった。
私は辺りを見回して、小さなオレンジ色を探した。
香りは記憶を喚起する。
私の愛しい日々をたどる。
金木犀の香りは
胸の奥の一カ所を、チクリと刺すのだ。
犬を飼おう、
と決めた父の行動は早かった。
知人から譲ってもらったという、
茶色い小さなキミの姿。
鼻の先が黒いのは、まだ子供の証拠。
嬉しくて嬉しくて
一目でキミがだいすきになった。
繋がれた柱をぐるぐる回って
怯えて逃げるキミを
ぐるぐる追いかけて怖がらせてしまったね。
かわいくて愛しくて
家に帰るのが楽しみになった。
キミの存在が
私の人生を彩った。
キミがいない人生なんて
もはや想像もつかなかった。
思春期のため息を
キミが吹き飛ばしてくれた。
長い散歩の帰り道は
すっきりと気持ちが軽くなった。
立ち止まって見上げた夕焼け空を
キミも一緒に見上げてくれた。
きれいだね、
話かけた言葉を
キミは理解していたんだろう?
触られるのはあんまり好きじゃないくせに
私の心を読むキミは
そっと手の届く距離に来て寝そべった。
キミの柔らかい毛並みと温かさは
私の心をずいぶん溶かした。
キミを見るだけで
私は優しくなれた。
私は幸せだった。
キミもそうだったと思いたいよ。
甘えた声で挨拶をして
キミは命を終えていった。
「悲しみすぎると、
あの子は一緒に過ごしたことを申し訳ないと思ってしまうんだよ、
だからね、悲しんだ後にはありがとうの気持ちも送ろう。」
幼い頃の私に言うみたいに父が言った。
その言葉が私の深いところにしっかり染み込んだ。
出会った時と同じ
金木犀の香りがふわっと流れた。
ありがとう
ありがとう
ありがとう
だいすきだよ。
ずっとだいすき。
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飼い主がペットに注ぐ、
ピュアでストレートな無償の愛を
人間同士でもできるように
「練習」をさせてもらってるんじゃなかろうか。
と、私はこの空前のペットブームを読み解いているのですが
みなさんはどう感じるでしょうか?
我が家でもかわいいがっていたペットが先日亡くなりました。
消えゆく命の灯を家族全員で見守れたこと、
我が子たちが生と死に触れる経験ができたことは
今後、人生の糧となると思っています。
「悲しみすぎると、あの子は一緒に過ごしたことを申し訳ないと思ってしまうんだよ、
だからね、悲しんだあとには、ありがとうの気持ちも送ろう」
これは実際には私が娘にかけた言葉です。
娘の深いところに染み込んでくれたらいいと思います。