電車内で、もしくは授業中にメールを打っている人をよく見かける。

その行為自体を咎めるつもりはない。

私もよくやるので。



しかし、メールの内容が見えてしまうことがあるのだが、その時とんでもないことに気がつく。


彼ら彼女らは、

無表情であるにもかかわらず、(笑)という記号や顔文字・絵文字のo(^▽^)o

などを使っていることがある。



つまり、メール上の感情と実際の感情との間には、ズレが生じている可能性がある
ということである。


もしくは、実際には感情が起こっているものの、メールに感情表出を媒介させるため、

顔の筋肉を動かすには至らないのかもしれない。

もしくは、すでに表出が起こったが、メールを打つ頃には表出が終了しているのかもしれない。


いずれにせよ、メール上の感情と実際の感情には時系列的なズレ・物理的なズレがあることは確かなようだ。


もちろん、(笑)と打ちながら本当に笑っている人がいたら微妙である。

だが私は、(笑)という文字が送られてきた時、相手が本当に笑っているのかと疑う。
他の顔文字や絵文字にしても同じだ。

(笑)と送られてきた時は、たいして面白くないという法則も成り立つ。


しかし、そのような顔文字・絵文字を打たないと、冷たいメールだと思われてしまうことがある。

メール上の感情と実際の感情はズレている可能性があるのに、

冷たいメールだというのは何とも皮肉な話だ。


メールに冷たいも暖かいもないと思うのだが、そんなことも言っていられない時代のようである。

まったく、生きづらい世の中のようで。