スタンダードの個人レッスンは、毎回、先生と組んでのウォークで始まる。

ここで、その日の先生の基準(指摘)をパスしないと、踊りに入らない。

 

たかだかウォーク、と言いたいところだが、これがまあ、なっかなかパスしないのである。

 

最初のころは、軽い身体合わせ的にしか思っていなかったので、つい気が緩むという落とし穴に陥った。

もちろんそんなウォークの仕方では、パスには程遠い。

だけど、ついつい、最初の1回目は、そんな感じで始めてしまっていた。

 

毎回、その時々での指摘が入るのだが、ある日、何度も言われていたが定着していなかったことの、アハ!体験がやってきた。

やっと、身体の感覚で、これか!と言う感覚を得たのである。

 

で、次のレッスンで、その感覚を思い出してやってみた。

「なかなかいいです」

と言われて、よし!と思ったのもつかの間。

「でも、もっとこうしてください」

と、次なる指摘が入った。

 

翌レッスンで、その指摘も気をつけてウォークして見る。

「なかなかいいですよ。今までで一番いいんじゃないですか」

よし!と心の中で、ガッツポーズするも、

「でも、もっとこうしてください」

 

とまあ、毎回、何らかの指摘が入る。

踊ってすらいない、ただウォークしてるだけなのに、一体ゴールはあるのだろうか?

先生、どこまで目指させる気だろう?

 

本日のレッスンでは、

「だいぶん安定してきましたね」

と言われて、やった~~~音符と思ったが、

「でも、ここを気をつけてみましょうか。すごい微妙な部分ですけど」

と、やはりまだやることはあるのだった。

 

毎回次なる階段を上るよう言われて、努力した結果、以前感じた、これか!と言う感覚は、いつの間にやらどこかへ行ってしまった。

ここを意識したら上手くいく、と言う場所が変わってしまったのである。

 

最初のころは、自分がなかなかパスできずにいたのに、私の次のレッスンの生徒さんが、そんなに長くかからずに、踊りに入っていたのを見て、ウォークでさえできてない自分に落ち込んだりもしたが、毎回、少しずつ、次の課題を与えてくれて、それをクリアするべく努力しているうちに、踊りにもいい影響が出てきていることを感じ始めた。

ここまでが、何とも長い道のりだった。

 

今や、ウォークを軽視する気持ちは、微塵もない。

時間がもったいないという気持ちもない。

ただ、少しでも早く、先生の基準をパスできるようにとは毎回思う。

ウォークの偉大さを知った今、他の先生とレッスンする場合も、ウォークから始めたい気持ちになる。

 

完璧なウォークまでの道のりはまだまだ遠い。

最低限の基準をパスしたウォークができるようになっても、たぶん、

「では、もっと大きく歩けるようにしましょう」とか、

「スウェイをつけてみましょう」とか、

バリエーション入れて上級ウォークレッスンが待ってる気がする。

まあそれも、楽しみではある。