2021年になりました。
2009年から始めたこのブログも12年目に突入・・・
たま~にしか更新しない状態でダラダラと続けております。今年もよろしくお願いします。
随分前に90年代のパチンコのこと諸々を書いたことはあるので、被る話もあると思いますがご了承を。
今回は開店時の90年代パチンコを語りたい。
90年代パチンコの開店前は、整理券等はなく早い者勝ちだった。90年代でも特に95年よりも前になるかな。
こんな感じで・・・新台入替や新装開店等では現在ほどハズレがなく勝てる可能性が高かったので皆鼻息が荒く戦争に近い雰囲気があったと思う。
ずっと並んでいても、開店直前になるといつの間にか前に人が増えているのもお約束で、今よりもモラルやルール・マナーもない世界だった。
時には台の取り合いでケンカが始まることもしばしば・・・私は基本的に穏やかな人間(臆病ともいう)で、当時でもガツガツした行動や揉め事は起こさないタイプだったので当事者になったことはないのだが、見かけることはちょくちょくあった。
ケンカがエキサイトして外で殴り合いになり警察沙汰になったことも・・・あんた達何しにここに来たの?って風景もあった。
パチスロはモーニングが仕込んであるのが当たり前で、それ目当てで通常営業の時から程度の差はあれどの店も『それいけ!それいけ!』といった雰囲気があったものだ。
念のため説明するとパチスロのモーニングとは、店側であらかじめボーナスフラグを立てた状態で開店を迎えるというもの。
要は1回転で当たるのだ。
客寄せのためのサービスだったが、当然店によるモーニングが仕込んである台数は異なる。
だが体感で新台入替時でもない限りはそんなに多くの台にモーニングが入っていた記憶はない。
また、モーニングが入っている台は設定を低くしていたり、即止め換金を防止するために換金所が開くのは開店してから1時間後という店がほとんどだった。これは今もそうなのかもしれないが。
私は二軒のパチ屋でのバイト経験があるのだが、一軒ではこのモーニングの監視もやっていた。
以前ブログで書いたが、メダルの持ち込みの見張りだ。
最低でも1000円のメダルは借りてもらうため。うまくいけば1回転で当たるため、事前にメダルを数枚盗んでおいて持ち込む輩がいたのだ。
この時の機種は、今は存在しないメーカー、パル工業の1.5号機ニューペガサス。
なかなか波の荒い機種ギャンブラー仕様だったので、これのモーニング争奪戦も結構激しかった。
でも私が働いていた店では10台に1台程度しかモーニングは入っていなかったような気がする。
ニューペガサスは背中合わせで2列あったので、多分設置は40台位。そのうちモーニングがあるのは通常営業で4~5台って感じだったな。
結局、このモーニングサービスはけしからん!と当局の指導が入り4号機の初期に絶滅する形になる。
もうちょっと書きたい気もするので続きはまた今度。