2月の最終日、暖かく天気もよさそうでしたので、東海道の街道歩きへ
 

現在、休日を使って愛知県内を東向きに歩いていますが、2/28(土)は本宿まで歩いた前回2/14の続き

本宿から御油宿までを歩きます

 

 

 

朝、クルマで名鉄名古屋本線の本宿駅まで移動、高架の駅の下にあるPに駐車

 

駐車場の前にも標柱がありました

 

隣には本宿の説明版

藤川宿と赤坂宿の間の村として、大事な役割を担っていたようです
両宿の間の、山に挟まれたゆるい峠(?)のようなところに位置しているので、現在の交通も旧東海道のほか、国道1号線、東名高速、名鉄名古屋本線が集中して通っています

 

 

駅から旧東海道に出てきたところの交差点からスタートです

 

 

歩きだしてすぐのところにあった十王堂跡

 

 

道を少し入ったところにある旧本宿村役場

 

令和4年に復元され中には展示物がありました

 

村長室

 

応接室

 

2階の大きなフロアにはパネル展示

 

ここ本宿と

 

この次に向かう赤坂宿

飯盛女が描かれています

 

その先の御油宿

ここも飯盛女の客引きの様子の絵です

「御油や赤坂、吉田がなけりゃなんのよしみに江戸通い」ということですネ

 

本宿の解説もあります

 

初めて知ったのですが、シンセサイザー奏者として有名だった冨田勲さんは、東京で生まれた後は小学校から高校までここ本宿で生活されていたのですね

本宿に冨田医院という立派な病院があるのですが、そこの家系だそうで
(お金があったのでシンセサイザーを.....かな)
 

 

東海道に戻ります

角にある古い建物は岡崎市指定の景観重要建造物

 

 

昔の村の中心だった法蔵寺は、徳川家康が幼少のころ学問、手習いに励んだ寺とされ、寺の入口にそのゆかりの松が植えられています(4代目)

 

 

旧道はR1に合流

 

 

 

R1を少し進んだところのある本宿村の入口(出口)の冠木門

歩いてきた方を振り返ってみたところ

藤川宿と赤坂宿の間でここら辺の標高が一番高そうです

 

 

しばらくR1の歩道歩きの後、旧道に別れ長沢の町に入ります

ここらへんは古い民家が何件も残っていて、旧街道の雰囲気が味わえます

 

 

長沢城跡の説明版

(ですがほとんど読めない…)

 

 

77里の一里塚跡

これも字が消えかかっていて、この様な感じでポツンと立っているので、気を付けていないと通り過ぎてしまいそうです

 

 

常夜灯がありましたが、この先あたりが赤坂宿の西見附

 

6kmの地点あたりまで来ました

 

 

 

 

 

~ つづく ~