先ずは今人類の知識というか知っている分かっている事で、これはたぶんかなり確からしいということについて述べる。
今は自然科学というジャンルのものがありその中の物理学という学問体系がまたある。
この世界の主に現在かなり確からしい概念や存在として物質及びエネルギーや空間、時間などというものがあり、それらの切り口や側面からこの世界というか宇宙の成り立ちを解明しようとするものであり、現在はごく微小の世界のこれ以上現在の物理学的知識や理論体系ではそれ以上分割することのできない物質としての素粒子やその振る舞いを記述する量子力学から、はてまたこの我々の居る宇宙は膨張しているか収縮しているかも分かっていて加速度的に膨張しているなどということまで分かっている。それにより最新の研究領域としてダークマター、ダークエネルギーというものの存在そのものは理論的にも確実視されており、一体それがどういうものなのかの研究が各国の研究者らや研究機関によって日々争うように行われている。さらには宇宙はこの我々のいる宇宙だけではなく別の物理法則で成り立っているであろうマルチバースなるものが無数に存在するらしく、それも単なるSF的空想の産物や宗教的な世界観でもなく、超弦理論というもので実はこの世界(我々の住んでいる宇宙は)は3次元ではなく10次元か11次元であるなどどいう、もはや一体何を言っているか一般素人には全く理解しようにも全く分けの分からない様な事で理論的には説明のつくようなものであるらしい。その他空間そのものがエネルギーを持つだの量子もつれによりある変化が光のスピードを超えて一瞬で伝わるだの、その他ごく低温になると電気抵抗がゼロになる超電導だので量子コンピューターや、リニアモーターカーなどはすでに実用化されている。
また熱力学やエントロピーといったものや概念も物理学の範疇のものでもありこの世の秩序あるものはいずれ崩壊して壊れるのだ。などという。
物質やエネルギーを扱う自然科学のもう一つに化学というものがあるがこれは物理学の中の一部に当たり、原子や分子といったレベルで物質の反応や性質、生成などを扱い、原子の種類自体は限られているのだがその組み合わせなどが無数に膨大な数存在するため一つの学問ジャンルとして成立している。やりだすと永遠に終わらない博物館の収集のようなもので、博物学にどちらかというと似ているものである。
もう一ついうとなぜか物理学の理論や法則を記述または理論立てようとすると人間の小さな脳という器官で考えた数学というものの体系や理論、計算を、用いると理論がぴったりと自然の動きに当てはまりその様になっている、なるということらしいのだが、それ自体はなぜそうなるかは分かっておらず大問題であるとの事らしい。
これだけのどえらいすごいものではあるのだが、物理学も乗っている土台に科学、自然科学というものと物質とエネルギーによる切り口という制約というかがあってけして万能というわけではない。自然科学というものの中の枠組みの中で行っていることである。
もう一つ存在自体はかなり確かなもので、日々我々が盛んに利用しているものに情報というものがある。
情報理論という理論体系によりその性質などが一つは論じられる。
物理学の熱力学やエントロピーといった概念によく似ている部分や一致点などがあり、物理学の一部にその情報の概念や理論体系が導入される。
また生物そのものもそのもが、人間だけではなくすべての生物が情報というものやその性質を盛んに利用している。
DNAは生命の設計図などどいうばかりではなくあらゆる場面、器官で状態で盛んに利用し利用されている。
生物、生命科学からの研究、アプローチの一つといえる。
数学という主に計算などの理論体系も情報処理ということと同義というか密接に関わっており、近年の急激なコンピューターの発達とも相まって情報の解明のアプローチがなされている。
言語や図などの記号体系も情報的に論じ研究するアプローチが可能で、これまた博物学な側面もありやりだすと永遠に終わらなくなる。
この様に様々な面から様々なアプローチがなされているが情報というものは一体何なのか、という本質的な事などはまだあまり分かっていない様にも感じる。感じられる。
また物理学という科学の学問体系にも熱力学、エントロピーなど一部には情報の概念や理論が導入されてはいるがどうも本質的には導入はあまり計算科学的には別としてもあまり導入されていないようにも感じる。
自分などはしかし、でも、それでもというかなのですが、直観的に物理学には何か物足りなさというか、どうもそう言われてもそうなんだろうけどどうもしっくり納得がいかない。物理の理論というとなんかごちゃごちゃしていて、している気がする。だいたいあまり物理学の話というとなんか嫌で、好きにはなれない😆なれないものというか、なれそうにないといった印象がつきまといますが皆さんどうでしょうか?どうしてなのでしょうか(笑)?😅
煩悩と欲望にまみれあられもないエッチなエロい女性の姿が好きで😍眺めたり触ったりしたい。していたい。とか、というか😛とにかく女と名のつくものを、があれば犯したいだけ征服したいだけ。めちゃくちゃにして快楽にヨガらせたい、快楽地獄に堕としたい🤪胸の膨らみがあれば触りその先端を舐め回しつまみコリコリネチネチいじくり回しながら揉みしだき、下の割れ目や洞穴があれば水曜スペシャル川口ひろし探検隊❗️洞窟のその先の最奥に潜みうごめく大蛇アナコンダとの死闘‼️の時のごとく入っていく事に躊躇はなく(一度足を踏み入れた事でその洞穴の小刻みに波打つ鍾乳洞のヒダヒダの壁の圧迫とその圧迫感と奥に潜むアナコンダに巻き付かれ締め付けられる事によるあまりの快楽地獄に「もうぉ〜🩷どんだけ〜⁉️🩷🩷」「母上〜先に旅立つ不幸をお許しください〜・・・」と後悔するこになるかもしれませんが)🤪何故あなたはそのような事をするのかと問われれば、上のそこに2つの先端の鋭く尖った大いなる膨らみがあり、🤪下の表側には偉大なる大河ナイル河の形成する河口に広がる肥沃なデルタ地帯を思わせる三角地帯が広がり、裏に回れば二つに大きく分かれたなだらかな丸みを帯びた丘から続く無限の地獄の階段を降りていくような深い谷があるからと、エベレストやアイガー北壁への登山を挑む登山家のような事を言っている?😛自分がまずはいけないのでしょうか?🤣
そこらへんの生物学的な事というか事などもまた書ければとは思いますが😜人間も当然生き物であるためある種頭で考える様だけにはいかない残酷というか力が支配するこの世のエグさ、人間以外の生き物は常に普通に食うか食われるかで実際に獲って食べたり食べられたり、発情期や時期が来ればある種乱婚性というかでのべつまくなしに犯したり犯されたりをしているわけですから、その様な基本的な性質は人間にも現実には当然あるわけだと思うのですが、人間の脳というか心というかの作る脳化社会というものを良いか悪いかはまず置いておくにしても形成しており、兼ねてから自分は、自分も唯脳論という本を大学の頃から読んだり読み返したりしていますが、養老孟司先生などもおっしゃていますね。そういうさまざまな書籍や講演会などからの情報や知識知見なども含めていろいろ書いていけたらとも思います。
とにかく扱える範囲が小さな素粒子から果てまた大きな宇宙まですごぶる広く、巨額の予算によって巨大な装置が国家レベルで争うように競争したり国際協調、協力などしながら建設され、世界中の研究者や研究機関が研究を行ったりしているもので、どえらいすごいものなのは確かですが、一個人が何を言っているんだという話しにはなると思いますが、一人の人間にいったい何が言える、出来るのかという話ではありますが、自分は何か本質的に欠落しているものがあるように感じられてしかたがありません。
理由はまだ今のところ自分でもはっきりとはよく分からないのですが、今の科学的方法での物理学の体系というかやり方では何かが足りないとどうしても感じてはしまうのです。😛
またそこら辺の事もできたら考察、探究して何かわかればまたお伝えしたり書いたりできればとは思いますが、あまりに途方もない話なので自分自身だけの力だけでどうこうなるとも到底思えませんが、皆さんの力が集まればもしかしたら少しでも前進することも万に一つあるかもしれませんのでコメントやご意見などあればぜひお願いいたします。お願いしたいです。😋
そこに、しばらくは時間の限り、時間をなるべく見つけては、まずは何か情報といったものが大きくかかわっているのではないかという事も含めて、その他社会や、文化、生活、考え方などの事も自然科学的な事だけでなく様々雑多にまずは考察して述べていけたらと思います。大学の専門の先生や教授でもありませんので、でも学問や物事に疑問を持って探求、研究したいというのは誰でもできるし、してもいいものだと思うし、大学などの先生や研究機関などですでに研究して分かった、分かっているよということであればそれを、そちらを採用すればよしで、まさにアメリカ合衆国のNASAのように巨額の予算や組織があるわけでもなくパソコン1台と自分の小さな脳みそ一つがあるだけですが、彗星や小さな隕石を日々趣味というか道楽か分かりませんが探しているアマチュア天文家が居るように、大きな成果はなくとも例え小さな一矢でも報えたらとの思いから重い筆を執っている次第です。
繰り返しになりますがもし少しでもお付き合いいただける人や、意見やコメントなども何でも結構ですし、ぜひありましたらよろしくお願いいたします。
最後にパスカルのパンセの一節「人間は小さな葦である。人間を押しつぶすのためには宇宙全体が武装する必要はなく、蒸気や一滴の水でも人間を殺すことはできるだろう。もし宇宙が人間を殺しても、人間は尊い、なぜなら人間は自分自身の死を理解している点で、宇宙よりも尊厳のある存在といえるのだ、人間の尊厳は、すべて思考の中にある、よく考えることに努めよう、考えることこにこそ、道徳の原理があるのだ。人間は、自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない、しかしそれは考える葦である」
いわゆる「人間は考える葦である」といわれるものをまずは書いておきます。
それも、それすらそれが本当に正しいことなのかどうかは分からないし、考えない、考えすぎないほうがいいのか⁉️😛🤪いい事なのかどうかも分からないのですが、とりあえず考察や考えることは今はまず始めてみようと思います。
よろしくお願いいたします。誰も見ても聞いてもいなくてもこのように書き出してみることで自分の頭の中を考えをまとめる整理することにもなるし、まあ天に向かって祈ったり叫んだり一人でしているようなものなので誰もいなくてもこのシリーズはというかは一人でもやります。
もし、横目に変な奴がいるなーくらいでもしご興味がありましたら少々お付き合いや、見守ってやったりしてください、では今日はこのくらいで。