平成も四半世紀を超え、アラフィフ仁山は、
ちょうど昭和と半分づつ生き延びてきた
ことになります。
「昭和の街」として街中博物館化している青梅市には、
懐かしい物がたくさんあります。その一つが、青梅鉄道
公園です。今でこそ、秋葉原から大宮に移転した新しい
鉄道博物館が人気ですが、ここも歴史は古く、昭和天皇、
今上天皇も行幸されています。
東日本鉄道文化財団が設置経営し、実車の屋外展示が
あるほか、鉄道模型の運行や、鉄道史のパネルや模型の
展示があります。
敷地に入ってまず目に付くのが、日本の誇るSLの名車、
D51(デゴイチ)の展示です。圧倒的な存在感ですね。

偶然この日は、これに乗っていたというお祖父ちゃんと
その息子、孫の親子三代で見に来ていた家族がありました。
お祖父ちゃんが乗った運転席や石炭を焚く罐の説明を受けて、
息子や孫は関心しきりでした。


巨大な動輪が目を引きます。昭和40年代の
SLブームの時は、色々な懸賞で、写真や
プレミアムグッズが賞品として出されており
ました。即席ラーメンの懸賞で三重連写真が
当選した時は、小躍りして喜びました。

「省線」と言われて山手線を走り、その後
青梅線に転用された客車電車がありました。
仁山が高校生の昭和50年代にも、これと
良く似た通称「チョコ電」が、埼玉の高崎線で
一日数往復してました

。

建物の裏手には、ちょっと変わった初期のSLも
展示されています。なんだか、「トーマス」に出て
来そうですね。

うららかな日差しに、遅咲きの梅の花が満開です。


陽光に、色づいた夏みかんも明るく
照り映えています。美味しそう~(@_@)。

一段下りて行くと、下の広場には初代の新幹線が
デーンと構えています。今のはアヒル口みたいな
近未来型の車両ですが、昭和の親父にはやはり
新幹線と言えばコレです。

頭の中は、もう子供に逆戻りです。当時
テレビで大人気だった新幹線の歌が、
頭の中でグルグル回っています↓↓↓。
(音が流れますのでご注意ください)
今でも古さを感じさせない、青とグレーの
シックなコントラスト。初めて乗った時は
ドキドキしましたね(^_^;)。

座席は回転せず、土台は固定式で、
肘掛が背もたれを貫いて、背もたれ
だけが前後に可動し、向かい合わせの
4人がけのボックス席になります。

運転台にも上れます。意外と狭くて
小さいのでびっくり。今では300キロの
営業運転もしてますが、当時の速度計は
最高260km/hです。

つい童心に返ってしまいましたヽ(^。^)ノ。
たまにはこんな事も良いですね。日頃の
憂いも消えて行きます。足取りも軽く、
街ナカへ下りて行く階段の端に、四季
咲きの桜がほころんでおりました
。

さて皆さん、もう一度ご一緒に!!
「はしれ超特急」を歌ってみましょう(^^♪。
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