アイルランドについて、次の日だったか、次の次の日から早速学校が始まったが、学校のことはまた今度くわしく。

 とにかく、着いた日の朝、学校までの地図??を、ホストファミリー娘(結構いい歳のお姉ちゃん)が紙に書いてくれた。

「駅降りたら右にいって、まっすぐ行って、二個目の角を左。しばらく歩いて、また右。」

みたいな、もちろん北も南も無い地図とは程遠い、まったくの代物だった。

このお姉ちゃんはアイルランド人にしてはめずらしく、朝からきっちり濃いお化粧をして出掛ける人だった。

この人を見かけるのは朝のバスルームくらい。。

そこの家族は最後まで全員そろって顔を合わすということもなく、あの塩茹で豚を食べることも無く、

1週間すぎたある日学校から帰ってきたら、お母さん(細いおばちゃん)が入院したので、急遽近所の別のホストファミリーに引越ししてくれと言われ、あわてて荷造りして、新しいホストファミリーの家へ引越しとなった。

結局男の人の影はみなかったし、いい歳のお姉ちゃんが二人いたな?くらいの記憶しかない。

あと、黒い犬。夜中私の部屋に入ってきて、ゴミ箱を荒らすやつだった。


新しいホストファミリーは、白髪のセリーヌという一人暮らしのおばあちゃんだった。

この家は、前の家とは違って、普通に歓迎してくれた。何日かして、ルームメイト?ホームメイト?がやってきた。

ノルウェー人のギャウテ。まったく持って変な名前に思えたが、私はなんとか、発音できた。

おばあちゃんは最後までゴートとか変な発音で呼んでた。

晩御飯は打って変わって、毎晩おばあちゃん手作りのご馳走だった。必ず、スープと食パン、サラダがついた。絵に描いたような西洋料理だった。新しいホストファミリーでの生活は食事にも恵まれたせいか、学校でも友達ができたせいか、ついた頃のどんよりした気持ちもなくなっていった。

おばあちゃんは、タバコとおしゃべりと家事とテニスを見るのが大好きな人だった。学校から帰ると、冷蔵庫の裏や、換気扇の中までよくピカピカに磨いていた。

あと、テニスを見ながら興奮して、鼻からおもいっきり、タバコの煙を噴出させながら、あの選手はどうのこうのと言ってたのを覚えてる。

おばあちゃんはあまり昔の話や自分の話をしなかったが、離婚していて、息子が二人結婚してイギリスに住んでいるらしかった。あまり家族の話をした記憶がないが、息子と孫は自慢のようだったな。

6時チョッキリに食事が始まるとか、金曜の夜に遊びに行かなかったら不思議がられるとか、ちょっと面倒くさいところもあったが、おばあちゃんのルールに従ってこの家にいることは私にとっては結構快適だった。

でも、ギャウテはあんまりやったみたい。

ギャウテの彼女がノルウェーから遊びに来て、部屋に泊まる泊まらない、いくら払う払わないでもめた時あたりから、両方から、両方の愚痴をきかされるようになった。

英語の良い勉強になったが、あんまり、人の悪口を聞き続けるのもいい気がしない。

その時おばあちゃんが言った言葉でびっくりしたのが、「私はホストファミリーをボランティアでやってるんじゃないからねっ」おばあちゃんは何かと、私が学校に払ってるお金がいくらで、おばあちゃんが、学校からもらってるお金が幾らだとか、そおいう話をしていたが、あんまり気に留めないようにしてたが、やはり、と言う感じで少しがっかりしたのを覚えている。日本と違って、イギリスやアイルランド、アメリカは知らないけど、ホストファミリーは商売の一部、そこまで行かないとしても、家計を支える収入の一部としてとらえているホストファミリーが多い。そこは理解してたつもりだが、面と向かっていわれると、結構ショックなもんだ。当たり前のことなのだけど、日本人には本音と建て前の観念があるから、わかってはいても、本音の部分に触れたくない民族なんだなぁと思う。

アイルランドに行く前何冊か、アイルランドについての本や旅行記などを読んだ。

そこには、だいたい、ユーモア好きで人懐っこいアイルランド人は、、、みたいなくだりがあったが、実際そうかどうかはかなり疑問だった。学校の先生は、アイルランドは島国なので、外国人にあまり慣れてないから、自分から話かけるのが、恥ずかしいのだというようなことを言っていた。なーんや、日本と同じやんけ、と思った。

おまけに、あのどんよりの天候のせいで、余計暗いイメージだったのかもと今思う。

後で、他の国で出会ったアイルランド人は確かに、私がアイルランドに居た!と告白するせいもあいまってか、世間の想像を裏切らないアイルランド人だった。

さっきのくだりに「外国にいるアイルランド人は」という注釈をつけたすとちょうどいいような気がした。

世間を裏切らないというと、アイルランド人は総じて、あまり身なりを気にしない人が多い。骨の出た傘を美人OL風のお姉ちゃんが平気でさしてるし、敗れたTシャツ(おしゃれにではなく)なども平気で着てる人をよく見る。さすが、アメリカに一番多く移民を送り込んでる国だ!などと、わけもなく納得した




話は、やっぱり、アイルランドからはじめようかな。

アイルランドは22歳の私が一番行ってみたかった国。大好きなエンヤの音楽を生んだ国。

ケルト文化の国。英語を話す国。緑ばっかりの国。雨の国。ギネスの国。戦争の国。


私の荷物は大きいボストンバックとバックパックの二個。アイルランドを離れる頃にじゃまにならないように、スーツケースは持っていかなかった。

行きの飛行機は幸運にも、大阪-香港間がプッシュアップされて、ビジネスクラスになった。はじめは、広いシートや、立ち上げ式の個人テレビ。グラスで運ばれてくるシャンパンにかなり、浮き足立ったが、しばらくして、自分が、あまりにもビジネスクラスに似合わないイデタチだったので、なんだか肩身の狭い気がした。。

私の席の前は教授と呼ばれる爺さんと、秘書らしき、おばちゃんお姉ちゃん。ビジネスクラスがよく似合う。。席のとなりは、私と同じ年頃の今からイギリスに留学に向かう兄ちゃん。この兄ちゃんも形見が狭そうだった。。お前もプッシュアップ組みだな。。ヒヒッ。

仲間意識が生まれ、ちょっと話すうちに気がほぐれた。

香港の空港で乗り換えて、ロンドンまで、9時間くらいだったかな。そこから、ブリティッシュ航空に乗り換えて、アイルランドのダブリンまで。ヒースロー空港で、かなり待ち時間ののち、アイルランドに出発。機内食を寝てて食べ損ねたのと、そらの上から見た始めてダブリンの景色が、これからほぼ毎日遭遇するグレー色の空だったのを覚えている。。

空港におりたったころには雲が低く立ちこめ、今にも雨が降り出しそうな寂しい天気だった。迎えの車の窓から、道沿いに雪が残っているのが見えた。

アイルランドはよくアイスランドと間違われ、めちゃめちゃ寒いところと勘違いされたりするが、実は、平均気温事態は、日本の北海道より暖かいところだ。風がむやみやたらに吹くので、体感温度は寒いのだが、あの日みた、雪もかなり珍しいものだっとあとで気がついた。

 到着したホストファミリーの家では、細いおばちゃんと、黒いラブラドールが、あまり歓迎する様子でもなく迎えてくれた。

二階の部屋をあてがわれ、荷解きをして 食事。目の前に豚の塩湯でらしき、大きい塊があったので、こいつはいつ食べるのだろう?いつか歓迎会でも開いてくれるのだろうか?などと甘い考えを抱きながら、結局その日は私とおばちゃん二人で、冷凍らしきパイとジャガイモの夕食を食べた。こんなもんなのだと納得しようとした。なんだか、アイルランドの天気のせいか、気持ちはだんだん鈍よりしていったのを覚えている。

なんだか、暗いな、、私の話。。ガーン