こんにちは


みなさんはこんなことないですか?

Aのことをしたい!
けどBがいい!という意見も理解できる
けど、Cも良さそう!
だけど自分としてはAがいい!

Aがいい!
そういうとBやCがよい!とした人の意見を否定した!と取られる。
そして、Aにたいする避難ととれる言葉や行動を投げられる。

BやCを押す意見の人も
別にAを否定している意識はなく、ただ単に推薦する意識で会話している。

Aがいいだけなのに、、、
悩む

こんなことないですか?




実は
我が家の日常のひとこまで
昨晩起こったこと。
(少し整理も込めて書きますね。)
Aを主張した8歳息子は
悲しみのなか、伝わらない違和感を得た
「BのこともCのこともわかる!だけど、、、んーーー、、、何て言っていいのか?!わからない!!!」
半べそかきながら叫んだ。


素直な言葉ダナー
と感心した(*^O^*)


「ただ、楽しみたいだけ?!」
と聞いたら
「そう~」と大泣きした(。>д<)
ただ、単に


ごめん。って思った。
彼が悩むのもそのはず
彼が発する言葉は私の真似で得たものだ


言葉を発するには
意識的だろうが無意識的だろうが
言葉の裏に大前提がある


その大前提の共有をしていないから
本人が言葉を使うときに
言葉だけのキャッチボールが行われるからからズレルし、伝言ゲームの結末になり混乱する。
大前提は感覚で受け取っている部分もあるから何かわかる感じがする、何かがあるは持てる。
けど、明確にはわからず言葉を交わして解り会えているつもりの総合作用が成立する^_^)/▼☆▼\(^_^)


この大前提に偉大な権力を発揮するのが
今話題のIDです
「アイデンティティー」
なんです。