【外国映画】                       

①ホーリー・モーターズ
②スプリング・ブレイカーズ
③ジャンゴ 繋がれざる者
④奪命金
⑤ローマでアモーレ
⑥きっと、うまくいく
⑦パシフィック・リム
⑧3人のアンヌ
⑨恋する輪廻 オーム・シャンティー・オーム
⑩シュガー・ラッシュ
次点:ゼロ・グラビティ/イノセント・ガーデン

【日本映画】
 
①地獄でなぜ悪い
②フラッシュバックメモリーズ3D
③かぐや姫の物語
④ペコロスの母に会いに行く
⑤共喰い
⑥リアル~完全なる首長竜の日~
⑦ナイトピープル
⑧探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点
⑨舟を編む
⑩デッド寿司
次点:恋の渦


【ワースト】
①そして父になる
②横道世之介
③中学生円山


【選評】

近年の日本においては映画興収は“邦高洋低”なんてことを聞き、今年も例外ではないようだがいやいや総じて外国映画のレベルが高かった。それとも日本映画のレベルが下がったのか。

もともとオレは日本映画贔屓なんだけど、例年ベストは日本映画外国映画なんて分けなかった。それで、今年分けたのは正直、それだと今年は日本映画が下位に申し訳程度しか入らないから!

なんて年だ!

それでも今年は外国映画日本映画ともエース級の登板が相次いだ年ではなかったか。
90年代から映画を観続けている者にとっては驚くべきラインナップだったといえる。

クエンティン・タランティーノ、トッドソロンズ、ポール・トーマス・アンダーソン、レオス・カラックス、ハーモニー・コリン、ウォシャウスキー姉弟、ウェス・アンダーソン、ジム・ジャームッシュ(未見)!!!

日本映画でも阪本順治、園子温、黒沢清、青山真治、!!!(塩田明彦はどうした!?)

ま、そんなわけで洋邦とも思い入れの強い、上記の監督が上位になってしまったのは
お恥ずかしい限りだが、これが今の映画界の実力である!と断言したい。

というわけで【外国映画】はカラックス、コリン、タランティーノで決まりである!
てか「決まってしまいました」というべきか。ほんとーにおもしろかった。
それぞれが持ち味を発揮したフル・コースにメインディッシュを新しい味付けで出されたような気持ちになった。んで一番スウィートだったのがコリン、辛かったのがタランティーノ、よくわからない味なのに「旨い」というのがカラックス。PTAやウォシャウスキー姉弟、ウェス・アンダーソンも平常運転だったが、オレのココロには刺さらなかった。

あとは④⑥⑧⑨、インド含めたアジア映画の底力を見せつけられた年でもあった。

今年最後の核弾頭『ゼロ・グラビティ』もそれなりの衝撃を受けたが、数日経ったらそれほどでもなくなった。で次点。

【日本映画】は圧倒的な力技で真正面からなぎ倒しにこられたような大傑作①がダントツ。
気持ちを揺さぶられるという意味での感動が凄まじかった②③、低予算ながらもしっかりとした構成と脚本で魅せる⑦と次点、クイズダービーでいうなら「今度一緒に昔の旦那を殺しに行きたい田中裕子さんに全部」の⑤、期待値がとんでもなかったけど⑥もかなり気を吐いた。
⑦⑧⑩のようなエンタメ作ももっとあっていいはずなのだが、、、、

【ワースト】は単純につまらない映画、期待したほどではなかった映画、ダメな映画、ノレなかった映画などあると思うが、①は典型的なダメな映画の部類である。リアリズムを基本としながらご都合主義と古臭い説教で諭してくる。②はつまらない上に長い、ただカメラは良かった。③は「あまちゃん」よりこっちが本領というクドカン氏への反論として。彼は確実に制約の中で力を発揮する作家であるはずである。ちなみにノレなかったのが『クロニクル』

来年もたくさん映画を観たいです!で、日本映画もっとがんばってほしーなー。


素人が映画についてのブログを書く、なんてのは不毛の極地である。
誰にも求められてないし、書いたからといって腹の足しにもならない、逆に腹が減るくらいだ。
もちろん金に成るわけでもなく、はっきりいって時間の無駄。

で、オレは昨日の深夜その不毛な行為に没頭し、
結構な分量なこの映画についての感想を書いていたんだが、
書き上げて予告を貼り付けようとした瞬間に全部消えた。
もう不毛中の不毛である。

だから今日はかいつまんだことだけ書くんだけど、
『ばしゃ馬さんとビッグマウス』におけるビッグマウスのビッグマウスのパートって
いらなくね?
っていう話である。
いや、別に俳優さんに非があるわけじゃないんだけど、構造的に。

麻生久美子だけで成り立つ映画だと思ったからだ、ずっと最後の方まで。
麻生さんとても良かったですよ。
特に岡田義徳との絡み。安田章大からパクッた「脚本の参考に~」のくだりは可愛かったし、
「好きになっちゃうよ~」っていう重さからの~行為中断のイタさには凄みがあった。

話はパラレルだ。麻生さんと安田くんが接触することはあっても、
はじめから最後まで、「ありえない!」
これは納得。

そしてふたりとも成功するわけでもない。
パラレルかつ平坦。

これは映画内での脚本の基本骨法に意識的に背いているのだ。

だけれど、最後まで見終わるとビッグマウスの意味が出てくるというか、
ジュワ~ッと利いてくるものがある。

無用の用。
これは不毛こそ映画にとっては重要だ!っていうのを体現して見せた映画だ。

というわけで不毛な文章を今日も書いたが、今日もこちらは何も生み出さなかった。

石井隆監督は余白=アナログを描く作家である。
これは氏が劇画家であったことと無関係では無い筈だ。
様々な解釈や感情移入を入れる余地をあらかじめ持たせているのである。
だから、言葉として『甘い鞭』を語るのは非常に難しい。
だが、それ故これぞまさしく映画そのものであるという言い方も可能なのだ。

物語としては非常にシンプルな構成であり、自分語りのナレーションも入り、わかりやすい。
あらすじを語れば使い古されたSM映画であり、監禁モノ、エロ映画だと認識されるだろう。
ある人は「大人の寓話」というかもしれない。

さて、余白を描くとはどういうことかというと、
非常にアナログな“感情の振り幅”もしくは“生と死の間”を描くことである。
エロスは死への入り口でありその間にSM、グロテスクが存在するという考え方だ。
その先には当然のように死があるのだ。
だから非常に余白(=アナログ)な観念である。

話は逸れるが、今回のヒロインが壇蜜さんだったのは本当に正解。
彼女は日本的な、それでいてエロスの幅を体現する女優だからだ。
能面のような表情から目をひん剥いて鞭を振う姿は怖ろしく高潔だった。
だから、杉本彩のように、ゼロ・イチのいきなりメーター振り切ってしまう謂わば
西洋的でデジタルなエロスの女優さんでは石井監督との相性はイマイチだったのだ。

最後、壇蜜は何者かによって、自死を免れる。
自死それは即ち究極の快楽なのである。
ここで、個人的な解釈を入れると我々は死との狭間ギリギリで生きている、
もしくは生かされているのではないだろうか、と考えた。
エロスに興じることは死に近づく瞬間ともいえるかもしれない。

『甘い鞭』は久しぶりに日本映画を観ているなという感覚を与えてくれた。
それはとてもウエットでアナログ(=余白)、血生臭い。
それでいて佇まい高貴であり、志は高い。

先ほどから何度も“余白=アナログ”を表現していると書いているが、
これは倫理、表現として所々一線を越えてしまっている。
鞭で打たれ波打つ間宮夕貴の体などは心配にさえなる。
だが、そのこと自体にもはやこの映画は無関心である。

表現についてきな臭い話が立ち込める昨今、
石井隆監督が新作を発表し続けられる間は日本も大丈夫だ、と思わせてくれた。





中毒性のあるホン・サンス。
ずっと観たかった新作『3人のアンヌ』やっと観れました。

これはまたもや変な話です。期待通りの変な話ですね~。うん、変な話だ。

イザベル・ユペール主演ということで、小綺麗なリゾートの海岸の物語を予想してたんですが、
いつもどおりのホン・サンス。

な~んもない村の干潟みたいな海岸での物語で安心しました。
この監督の泥臭くて湿っぽい、それでいてクールでドライな雰囲気に惹かれているからです。

彼の映画全般にいえることかもしれませんが、
この映画自体が冒頭に出てくる脚本家の心理学的な分析の物語の側面があったり、
組み換え自由な映画論であったり、
劇中に登場する僧侶との禅問答的な側面があったり、
・・・と重層的で様々な解釈や憶測を呼ぶものなのかも知れません。

ですが、佇まいは飄々としてて、この映画の感触そのものは
これまた登場するライフセイバーその人なのであります。

と、考えていくとこれまた禅問答に陥ってしまいそうです。

舞台そのものは限定的であり、つくりは非常にミニマルです。
ですが、この無限とも思われるパラレルワールドは非常に映画的であり、
オレは彼の映画を観る度に「ミニマルな小宇宙」=映画という言葉が脳裏に浮かぶのです。

また、女性を綺麗に撮ることでも定評のある監督ですが、
イザベル・ユペールはなんと、60歳!らしいじゃありませんか。
これは、びっくり。

ホン・サンスには一生、煩悩と男と女、
禅問答のような映画を撮り続けていただきたいと思います。


評判が良いのと、1000円で観られるので行きましたが、、、
ハッキリいって期待はずれだったかな。ちょっと期待しすぎもあったかもだけど。

超能力を急に手に入れた人のドキュメンタリーとしての前半はよくできていたと思います。
飛んでるところとか、寝てるときの夢の中で飛んでるときに似てました。

あとドキュメンタリーとしてのリアリズムのCGは凄いと思った。

急にエスパーになったらくだらないイタズラも必ずするでしょうね。
唯一笑ったのがそのへんです。ぬいぐるみが暴れだすとか、ああいうのにオレは弱い。
そういえば、『TED』に期待してたのもそんな笑いでした。予告と違ってガッカリしましたが...

話をもとに戻すと、主人公がなんで狂気に陥ったのかはイマイチよくわからなかったんですが、
消防服着てジギースターダストのシーンは良かったですよ。
突出してたのはココかな。

まあ、そのあとにカタストロフへと怒涛の展開なワケなんですが、
けっこう迫力はありましたね。低予算なんでしょうけど、派手にやってくれます。

でも舞台がアメリカなんで、いまいちしっくりこないんですよ。
もし、東京の街が全壊するくらいのパワーだったらオレのツボだったと思います。
パトカーがぶっ潰れるのも日本のならそれだけでOKだったんですが...

正直ケナすとこもあんまりないんですよ。
頑張ってるし、破綻も無い。
でもおもしろみに欠ける。

今、わかりました。破綻が無いのが不満なのかな。
やっぱり超能力なんですから、もっともっと無茶苦茶でいいんですよ。
『AKIRA』や『キャリー』なんかと並べて語られそうな映画ですが、敵うわけありません。
目指すべきは『DEAD OR ALIVE』でしょう。

【まとめ】
竹内力がカメハメ波、パトカーが吹っ飛び、東京、地球を全壊する映画にすればオレが喜んだ。



ちょっとブログを書く習慣をとりもどそうかな、
というわけで映画の日に『そして父になる』であります。

だいたいオレは3歳の頃からコレエダカントクってつまんねえなって解ってた訳なんだけど、
まあ、これも別段おもしろくなかったですね。

誰かに感情移入して観るタイプの映画なんでしょうけど、
気障ったらしい福山さんはもちろん、
絵に描いたような「庶民」、リーリーさんのキャラ設定には違和感でした。
(もちろん役者さんには非はありません)

この監督さんはドキュメンタリーの手法を上手に使うことで定評がある方ですが、
巧いなと思ったのは子供たちが“自然に撮れてる”とこくらいで、
ドキュメンタリーが本来カメラに収めるべき「人間像」が全く写っていません。
表面的なんですよ。

たとえば、福山さんはあれほどクラス感にこだわるキャラなのに、
なぜいかにも普通の人、尾野真千子と結婚したのでしょうか?

そういう背景が見えてこない。

リリーさんも仕事はテキトーだけど、子煩悩でいかにもな「庶民」の善人。
キャラ設定がステロタイプ過ぎます。
こういう人間がもっとずる賢かったり、家庭が荒んでいたりすればリアルなんですが。

唯一人間らしかったのは、お金のことを気にしつつもすぐには受け入れられない、
とゆう立場の真木よう子ぐらいです。

ですが、皆一様にずーっとドンヨリと腹のうちにイロイロ抱えながらも口には出さない。
出しても次のシーンではまるで何もなかったように振舞っているのは「?」です。
その“心象風景”とやらをダラダラ見せられるのではっきり云って退屈です。
どんよりとした空気に支配されたまま。

オレはそんな空気を切り裂く、ブッ壊れた福山さんが見たかったが。

仕事人間が左遷されて田舎の森でちょっと目覚める。
こういうのも古いですね。

オレにはこの映画は、いかにも庶民に味方しているようでいて、
エリートに自戒を求める上から目線を感じました。
実のところそういう層に向けている。

庶民のことなんかこれっぽっちも見えてないくせに、ステロタイプの善人で描く。
そして、エリートに訴える。オレたちも庶民みたいにそろそろ
「ゆっくりしよう」「自然に出よう」「子供との時間をつくろう」。

そしてもう一点大切な点を。
ああいう不条理な状況に子供が追い込まれた場合、あの子たちのように大人しく、
冷静に受け入れられるのか?というのは非常に疑問です。
飼いならされた福山さんの子供はともかく、自然児として育てられたリリーさんの子は
泣きわめいて周囲を困惑させたり、大人たちをより深い絶望に陥れるのではないでしょうか?

そこを描かなかったのは、作劇上のご都合主義であり、
それこそ、大人の立場からのエゴイズムだと思うのですが.....

今、こういう映画がつくられ、ウケる、というところはよくわかりませんが、
オレは納得がいかない。

それくらいの話です。



久々の快作だった!!!!!

ので映画ブログも約1年ぶりに書かずにはいられなくなってしまったのである。

園子温は昔から観てるのだが、正直傑作!と思ったのは『紀子の食卓』だけだ。
だが、その一本でずっと観続けようと思わせる監督でもある。

ここにも書いたが大絶賛の嵐だった『冷たい熱帯魚』もノレなかったし、
『希望の国』に至っては最低最悪だとさえ思った。


ではなぜ『紀子の食卓』にシビレたのかといえば、
血まみれのなかで擬似家族を演じ続けるシーン、ここにつきる。
あそこの凄まじさたるや...
『紀子~』はテーマとされる「家族」の問題はよく語られる。
だが、そんなものはどっちだっていい。
オレはこの映画は虚構が現実に勝利する瞬間を描いた”映画だと思っている。
つまり映画が一番スゴイ!”っていう宣言の映画なのだ。

『地獄でなぜ悪い』はそのワンシーンのみにフォーカスしてそこを拡大、
園子温監督が真性のバカになって、
シネコンで、PG12で掛けてしまった。
もう狂気の沙汰の大傑作なのである。

だってこれ、
すさまじい量の血まみれ映画ですよ!?
首や手が吹っ飛ぶ映画ですよ!?

これが許されたのは「これは映画内映画ですよ」「虚構なんですよ」
っていうエクスキューズと開き直りにいろんな関係のエライひとたちも
「じゃあしょうがないね」
となったんじゃないかと思っている。

だから、これは本当の意味での映画の勝利なのである!
絶対、興行的にも勝って欲しい。


俳優陣も素晴しい。
特に長谷川博己、オレは彼のファンになった!フッキレ方がハンパない。
ほかには星野源の普通の人ッぷりもおかしいし、
友近なんかは出てくるだけで笑っちゃうのだが、
血まみれでヤクザ追っかけまわしているとこ完全にコント芝居やん!
二階堂ふみの血まみれの後ろ姿のかっこ良さと美しさよ!


そして、オマージュやパロディ、小ネタなんかも満載で、
深作欣二監督を尊敬しているオレなんかはオープニングのタイトルバックにあの音楽、
ってだけで感涙してしまいそうになった。赤い風船とか...
『キル・ビル』なんかと比較されそうな作風だが、オレは『地獄で~』を支持する。
それはやっぱり、同じ空虚な血まみれシーンであってもそこに大きな意味があるからだ。

だけど、この映画ではオマージュ、パロディ、小ネタなんかをウダウダ語ったりするのは
野暮じゃないかという気もするのだ。

最近よく聞く「ツッコミどころ」も満載なのかも知れない。
だけれどこの作品ではそれも想定内だし、そんな奴ら無視っていう圧倒的なパワーがある。


この映画は中学生マインドで頭からっぽで観る方もバカになって観なければダメだ。
バカのような映画愛のシュプレヒコールに、オレたちはバカのように応える、

『地獄でなぜ悪い』最高だぜ!!!!!!
って。

早くも誰も彼も絶賛!の兆し漂う『夢売るふたり』。
この映画にノレなかった、というより腹立たしかった者として
その怒りを久しぶりにここに記しておきたい。

まず、ふたりの店が火事になり阿部サダヲがヤケのやんぱち浮気→松たか子が金を燃やす
までの流れは序盤としてはまあまあだ。

これからこの夫婦はどうなるのか?
お店の再生はどうなってしまうのだ?という期待と不安を膨らましてくれる。

だがだ、キーとなるのはその直後の風呂場で松たか子がスゴむシーンだと思うが、
その怪しさ及び、妖しさ、怖さが松から一切感じられないのだ。
ちょっと松たか子のようなファニーフェイスには難しい役柄だと思う。
何考えてるかわからない不気味な女を描きたいのだろうが、そういうふうには見えない。

その後にサダヲが結婚詐欺しまくる相手というのもなんだかなあ…
いかにも「時代」を描いてますよ、「こんな人身近にいるでしょ」のオンパレード。

特に酷いのがウェイトリフターのくだりで、デブだけど良い人、常識的で頑張ってる人、
というのも、あざといのは構わないのだが、ストレート過ぎだろう。
そして「デブで金回りも悪そうだし、アンタが可愛そうだからやめよう」という松たか子に
サダヲが返す「おまえのほうがよっぽどかわいそうだよ!」なんて台詞、バカじゃないのか。
あーあ、鼻白んだ。

その後の展開は全く意図不明だ。

探偵を名乗る鶴瓶が現れてなぜか居合わせた子供に刺される→服役。なんじゃこりゃ?
これまで宙ぶらりん(サスペンス)にして置いたの放っぽらかして、飛び道具の登場です。
明らかに着地点を見失っているのがミエミエ。
  
その後は退屈な、心象を表しているだろう風景描写が続く。
そしてなんだか思わせぶりにフェードアウト。
西川美和お得意「観客のご想像にお任せします」の手口だ。

この監督はいかにも、知ったらしく社会やら人間の闇を表現したと思い込んでいる節がある。

そのくせ、自身がつくりあげたちっぽけな箱庭世界に決着をつけず、
わけのわからない目くらましをし、
その実、人間も社会も薄っぺらい次元でしか捉えていないのだからどうしょうもない・・・

悪いけどこんなの映画じゃないよ。

いや、凄い映画なのだ!
圧倒的な映像圧力と音圧、そして黒!黒!黒!でとんでもない境地へと誘う真の意味での大作である。

だが、ノーラン3部作である『バットマン ビギンズ』と『ダークナイト』は必修科目。
こいつらを観た上で、というのを大前提にしているからだ。
もちろんこれだけ観ても、その凄まじさを体感できるのだが、ストーリーが凄いスピード展開な上に編集がテンポ良くバンバン切られてるので、過去2作を観てないと不安に陥ってしまうだろう。
あれ、このヒトどういうヒトだったけ的な。

今度の敵はジョーカーという個の抽象的な悪ではない。
ジョーカーは「悪」を具現化する存在だったが、『ライジング』を観た後では抽象的だったとすら思えるのだ。
今作ではゴッサムシティという街が現代社会を象徴している暗喩として見られる。
『ダークナイト』は「悪」を哲学的に捉えて考察する傑作だったが、『ライジング』の敵ベインはゴッサムシティーの中枢である経済や街全体を破壊しようと目論むテロリストである。
オレはもう単なる「悪」というより資本主義社会というシステムを問題にした映画だと思った。
表向きは平和になったゴッサムシティだが見えざる欺瞞は進行し、危険な抜け道はいくらでもある。ベインはその脆弱さを浮き彫りにする。

腐敗したゴッサムシティーに独り立ち上がるバットマン、という構図を期待する向きとしては不満がないわけではない。ゴードン市警本部長と新人のなりたて刑事までは許せたとしても、ほぼ勝ち目がないのにストリートで警官隊がテロリストに突撃するシーンでは鼻白んでしまった。

また、緻密に展開した『ダークナイト』に比して『ライジング』はスケールが大きく完結篇であるため、ザックリしてるなーという印象も否めない。

だが、だがだ、そのスケールをねじ伏せ、有無を言わさぬパワーに満ち溢れているのが『ダークナイト ライジング』最大の魅力なのである!

いやあオモシロかった!!!


これ、TV版でもこんなにオモシロかったんですか!?見てないよー↓


でもTVには麻生久美子サン出てなかったんでしょ!?でしょでしょ。麻生サン出てなかったらこれ観なかったですよ。




これ、4人のヒロイン長澤まさみ・麻生久美子・仲里依紗・真木よう子が出てくるんですけど、


正直長澤まさみだけは好きじゃなかったんですよ。


ですが、結果的には長澤サンにヤラれましたね!


LOVE☆LOVE ナ・ガ・サ・ワ!!!




多くの女子から“野郎共が自分を森山未來に見立てててキモイ”とのご批判があるようですが、


自分もキモメンの仲間入りしちゃいましたね♪テヘッ




噂には聞いてましたが、サブカル野郎にはたまんない小ネタ・音楽・設定であります。


perfume登場のミュージカルシーンなんて神が降りてましたよ。


タイミング、選曲、登場、森山未來の動き、もう完璧ですね!


あと、『格好悪いふられ方』のときのスクリーンをあんなふうに使った映画は初めてだと思いますよ。


なんともバカバカしい泣き笑いのシーンでありました。




あ、女優さんの話ばっかで悪いんですが、オレ的大本命の麻生久美子サンも最高ですよ!


重~い&B'z独りカラオケで熱唱しちゃうイタサなんですが、悪くナーイ。


オレなら長澤か、麻生かでもっと苦悶しますよ!


ま、妄想ですけどね、、、いいじゃん!!!




音楽もパンフによると28曲も使われてるんですが、90’sから現在までのいいとこドリしてると思いますよ。


音楽に思い入れながら、または思い出しながら観るんで自分とシンクロしちゃうんでしょうね。


個人的には90’sサブカルキッズとしては岡村靖幸、スチャダラ、ジュディ・マリあたりにグッと来ますが、


女王蜂、N'夙川ボーイズ、在日ファンクなんかも気に入っちゃいましたネ☆


フジファブリック・くるり・フィッシュマンズ、、、、全部最高です!


サントラなんて買ったの久しぶりですよ。





あと素朴に疑問に思ったのが、TM NERWORKってサブカルの間でカッコ良いことになってるんですか?


当時はネタだったんですけどね。


いつからかそんな風になったんでしょうか?いえ、全然構いませんがね。




とにかく夢(妄想)と愛に溢れてますよ、この映画は!!!


女優とサブカル小ネタで観る映画なのかもしれませんね。


普段と違う映画の楽しみ方をしたような気がします。




映画に洗練されたPOPさを持ち込んだのって『下妻物語』からだったと思います。


そのPOPさも数々模倣されてますが、


中島哲也監督以外では『私の優しくない先輩』くらいしか成功例が無いんじゃないかな?


その系譜で、もっと自分に寄り添ってくれたのがこの映画だった気がします。




そうだ!『モテキ』はオレたちの映画なのだ!!! わっしょい、わっしょい!





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