ディチェコのベーコンクリームパスタ(あっという間)
ベーコンクリームパスタ

2(大食い)~3人前

ディチェコ・マカロニ(No.34フスィリ)×1袋


牛乳(濃いやつ)×2カップ


小麦粉×カップ1/4


ベーコン×120g


ウインナーソーセージ×1袋(適量)


アスパラガス×1束


小松菜(または、ホウレンソウ)×1束


マイタケ×1パック


塩、こしょう適量、オリーブ油適量、ガーリック適量、チーズ(お好み)


※必要なのは、ディチェコのマカロニ、ベーコン(またはパンチェッタ)と牛乳+小麦粉、野菜は何でもいいが、グリーンの葉もの必須。



1.マカロニ茹でるためにお湯を沸かす。塩は1%~2%くらいが適量。ソースには塩は使わないので。


2.オリーブオイルで、ベーコン、(+ソーセージ)を炒める。


ベーコン以外にもソーセージ等を入れるならば、先にベーコンを充分に炒めてから、ソーセージを入れましょう。


3.ここで、パスタを茹ではじめます。標準11分。

ソースは約13分かかりますが、ちょうどいいです。


2.アスパラ小口切りで、生のままフライパンへ。ガーリック入れるなら、ここで入れる。


ここでは真剣に炒めなくてよい。


3.続いて、マイタケを入れる。

少し炒めて、ベーコンから油が出て、フライパンを斜めにして、油がすこーし溜まるくらいなら、そのまま。油分が足らないようならオリーブオイルを足す。フライパン半周くらいな感じ。大匙1くらいかな?


4.小麦粉を粉のまま、まんべんなく振り掛ける。

※大丈夫ですよ!


5.少しなじむまで、かき混ぜつつ、炒める。

※絶対に大丈夫です。



6.牛乳を半分、ザーッと入れる。

小麦粉が固まって来るので、木べらで均一に混ぜるが、だまになりそうなら、ここで、泡だて器で溶くように混ぜる。


7.残り半分の牛乳を、ザーッと。

もう一度、小麦粉が固まって来るので、たまになりそうなら泡だて器で溶くように混ぜる。


8.ほら!もうクリームソースの出来上がり!ぐつぐつ言い始めたら、小松菜を、どさーっと入れる。





俺は小松菜が大好きなのです。


ホウレンソウってあくを感じるけど、小松菜って、ちょっとバターみたいな香りがして、クセがなく、ぐだぐだにならないし、栄養価も高い!


で、安い。


9.小松菜を入れる前で、11~2分くらい。そこで、パスタの茹で時間は終わりなので、火を消す。でも、まだザルにあげずに、そのまま蓋をして置いておく。


小松菜を入れる8の作業をする間、パスタは放置。


みなさん!この蒸らし1分が大切ですよ。是非やってみてね。


それから、ザルにあけて、水が切れたら、フライパンのソースの中へ。


そう言えば、これで2~3人分です。





出来上がり!簡単ですよ。

ボナペティ!














コンテ・チーズをおろしてみた。














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1990年の8月初旬、その頃、パリ大学の寮に住んでいたのですが、何もかもが気に入らない寮生活に我慢の限界が来て、大学の夏期講習が終わるや否や、ローマに逃げました。


大学の夏期講習はオープンなのですが、修了試験に合格すれば自国の大学の単位が取れることから、近隣の学生たちが単位を取るためにやって来るのです。


すぐに友達のできる俺は、クラスメイトのうち、一番デカくて怖そうなイタリア人男性と友達になりました。何故かクラスに一人もアジア人がいなかったので、どうせ友達になるならば面白そうな人がいいと思ったのですが、いやあ、本当に面白かった。

その彼は、パリ留学中の彼女の家に居候していたのですが、何かやらかしたようで、ある日、突然、イタリアに帰るけど、一緒に行くよな?と、質問ではない投げかけに、その日の夜には、イタリア行きの夜行列車に乗っていました!


寮にはひとこと、9月末で出るからと、受付にメモを残しただけです(笑)

何もかもそのままで、イタリアへ。とはいえ、金もないし、すぐに戻ってくると思っていたのです・・・。


さて、一旦、彼の住むボローニャに行きましたが、彼の部屋は素晴らしい構造で、キッチンを入れると4部屋にルーフバルコニーまであるアパートでした。


その時に、この人はお金持ちなんだ・・・と知りました。見かけからはこんなに立派なアパートに住んでいるとは想像もつかなかった。


でもずっとそこにいるのも気が引けるので、ローマに行きたいと言ったら、実家はローマでホテルをやってるから、そこのメイド部屋に泊まれと言ってくれました。なるほど。やっぱりお金持ちだったんだ。



サンタマリアマッジョーレ教会ローマ さて、彼のホテルは、ローマの7つの丘の一つ、サンタマリア・マッジョーレ教会の前でした。


丘の上なので、ホテルからは、サンピエトロ寺院のドームが見えて、メイド部屋は狭かったですが、居心地がいい。


そこに1ヶ月以上も滞在してしまった・・・。


宿泊代を払うと言っても聞いてくれないので、なにかお礼をしなきゃと、彼の実家に上り込んでは、よく料理を作りました。


一度、ご飯を炊いて、おにぎりを作ってあげたんです。


イタリアでは米は普通に食べますが、あのような形になるとは、想像を超えていたようで、鮭をグリルして、鮭おにぎりを作る様子を、マフィアのような親父さん以下、一家全員が、固唾をのんで見守る中で、にぎにぎしてあげた。


ベリーッシモ!と歓声をあげて、その場で食べちゃうんです。よほど美味しかったらしく、その後も何度かリクエストされました。


ローマで鮭おにぎりが出たら、あれは俺が広めたのですよ!

出ねえか(笑)


ところで、今回は、パスタのレシピを書こうと思っていたのでした。



なぜこの話をするかというと、ホテルの1階に、ディチェコの経営するデリカテッセンがあったのです。


普通に買えるパスタの中では、やはり、ぴか一に美味しいですからね、ほぼ毎日のように通いました。


生パスタも置いてあって、後は、調理済みのおかずと、ディチェコはもしかして、もともと粉屋なのか、イタリアの粉もんがずらーりとあるんです!


中でも、マフィンみたいなものが、美味しいったらありません。やはり、粉もんは、世界中で美味しいです!


一度、日本語が恋しくて、サンタマリアマッジョーレ教会で、日本人の女の子をナンパしたのです。


彼女は関東からの一人旅でしたが、ディチェコに連れて行ったら、心の底から感動していました。教会でナンパなんて、不謹慎の極みですが、ロケーションを味方につけると、女の子は非常に弱いということが、よく分かりました。


皆さん気を付けましょう!そして男性の方は、ロケーションを味方にですよ。


さて、そろそろ、ほったらかしの寮が気になりはじめた9月の末。

そうでした、俺は、寮を出なきゃいけないのです!フランスに帰らなくてはいけません。住むところも探さなきゃ。


お世話になったご家族の最後の晩餐には、無謀にもパスタを作りました。


彼の家はパスタはトマトソースという決まりでもあるのか、毎回同じ味なので、クリーム系のパスタが食べたかったのです。


やっと表題に行きつきました。ベーコンのクリームパスタ!めちゃくちゃ簡単です。そして、誰に作っても評判がいいのです。



ベーコンクリームパスタ 長くなったので、レシピは次回(笑)


それはそうと、忘れもしない、9月30日、日曜日の朝10時、イタリアからの夜行列車がパリのリヨン駅に到着しました。


すぐに駅のキオスクでルモンド紙を買い、駅でアパートを探しました。1軒目は断られました。俺は外国人ですからね。


2件目、「ニホンジン、だいじょーぶー」とは言いませんでしたけど、まあ、そのようなことを言われたので、即、契約して、その日中に引っ越しました。


今考えても、われながらびっくりする行動力です。

寮長はなんかぎゃあぎゃあ言っていましたが、うーん、分かりません。お元気で、オー・ルボワール!


アパートは、今度はパリの丘の上の教会の前でした。

実は凄い環境だったと、住んでから分かりましたが、帰国するまでの約5年間、そこに住みついたのでした。


つづく

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先日、神保町のきしめん屋のブログを書いていて、ふと、神保町に、「ふくふく饅頭」という店があったのを思い出しました。


靖国通り沿いのお店でした。温泉まんじゅうのように、大きなせいろを何段も重ねて、いつも蒸気がもくもくと上がっていました。


こしあんと、肉まんがあって、一口(2口かな)サイズ。ここには、焼きそばと、小倉アイスと、それから中華そばもあったのでした。



小倉アイスは、上野のみつばちが元祖だと聞いたことがありますが、ほぼ同じ感じの味。


この、小倉アイスなるものは、アイスというよりは、今でいうジェラートぽい、なんとなーく薄い味で、とっても甘い!神保町のは盛りが大きかったです。


時々一緒に行ってた女の子、小豆アイスが好きだったなあ・・・。東京の子だったけど、文化の違いをひしひしと感じて、別れちゃった・・・。


ところで、この「ふくふく饅頭」って、浅草にもあります。

なんか、名前もかわいいし、懐かしいから、浅草にふくふく饅頭を食べに行こうと思って、GGったら、巣鴨にもあるんですね。


丁度、近くに用事があったので、ふくふく饅頭を求めて、巣鴨に行ってきました。



JR巣鴨の駅前ロータリーに面したところにありました!


駿河屋さんというのですね。


でも、イートインにはなっておらず、純粋なお菓子屋さんです。


ところで、ショ―ケースに、巨大な純白のドームが!これは、チーズケーキだそうです。


ルックスからして、きっと美味しいに違いないです。是非、このチーズケーキの味が知りたくて仕方ないですが、またの機会に。


やはり、おっきなせいろに、小さな饅頭が端正に並んでいます!


あー、懐かしい!


出してくれたのは、若くて綺麗な女性でした。せいろは彼女の身体の3倍の幅はありましたが、俺の前に勢いよく、でんっ!と出して、見せてくれました。


見かけに似合わない「巣鴨魂」を感じました!とてもいい感じです。気に入った!


実は、神保町ふくふく饅頭は、焼きそばと中華そばが、とても美味しかったので、駿河屋さんにも、それを期待して来たのでした。


さて、腹減ったけど、どうしよう?・・・そうだ、塩大福のところで、中華ソバを食べよう!と思い立ちました。


俺の大好きな、東京の中華そばを塩大福のところでも出すことを思い出したのです。


これこれ!


今は、これさえも、なかなかないのです。


なんでだろう?ラーメンといえば、これなんだけどなあ・・・。





それはそうと、ここは、巣鴨の超有名店ですから、俺なんかがご紹介するには及びません。


BBAの原宿とか言いますけどね、気づいたら俺がいても全く違和感がないじゃないか!


かなしいなあ・・・。でも、ここにいると、すごくモテる!


涼しくて広いテーブルに、すぐに移動してくれたり、カメラ向けたら手を振ってくれたり!すぐに、うれしくなっちゃう俺でした。


ところで、神保町にふくふく饅頭があったころ、もう一軒、同ふくふく饅頭が、都立大学の柿の木坂下にあったのですが、ご存じのかたはいらっしゃいますでしょうか?


もう、忘却の彼方です。「ふくふく饅頭+都立大学」でggっても、ほぼヒットしないのです。


それだけ、昔の話なんですね。


大学生の時に、深沢に引っ越したんですが、駒沢公園を抜けて、都立大辺りは散歩コースで、よーくこのふくふく饅頭屋さんに行っては、焼きそばや、中華そば、かき氷を食べました。


確かかき氷には、途中でお砂糖をかけてくれて、じゃりじゃり甘いのがすごーく美味しかった!


冬は日がすぐ落ちちゃうから、お饅頭の湯気がもくもくと上がっているのが、とても嬉しかったです。


道を挟んだ前に、だるまみたいなオヤジがやってる古本屋があって、金がなくなるとそこに本を売って、売った金で中華そばを食べたものです。


見事なマッチポンプです。そんな貧乏な俺を、おばちゃんは、いつも優しく迎えてくれました。


そこね、老夫婦がなさっていたんですが、ある時、おばちゃんが、一目でそうと分かる、とても悲しそうな顔をなさっていたんです。


その前に、しばらく休んでいらして、心配だったのですが、お怪我をなさったそうで、引きずりながら歩いていらして、辛そうでした。


家からはかなり遠かったのですが、気になったので、またすぐに出かけて行きました。


そうしたら、俺の顔を見るなり、ひとこと、「猫がいなくなったのよ・・・」と、言いました。


それっきり、もう話しかけてくれませんでした。


お勘定するときに、帰ってくるよ!と元気に言ってみたのですが、なんだか空しく響いて、さらに、おためごかしな口先だけの自分にも、腹が立ってきたころ


「ううん、もう、帰って来ないと思うわ・・・」と、微笑んだのです。


帰り道、駒沢公園を歩きながら、それがどういう意味だったか考えました。


猫は亡くなるときに、お家を出ちゃうと言います。そうでなければいいと思っていましたが、それが、ふくふく饅頭のおばちゃんを見た最後でした。


次に行ったとき、もう、お店は閉店していました。


猫だけじゃなく、おばちゃんまでも、どこかへ行ってしまった。



もう、今ならば、ただ単に、時が経っただけのことなのです・・・よ。



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