「きりぼしおばあちゃん、たくあんおじいちゃんと結婚するんだって!」
「きりぼしおばあちゃん、たくあんおじいちゃんと結婚するんだって!」
「ああ、あの時の・・・・」横綱はすぐ思い出したようだった。
追いついてきたねえちゃん。
オレは、横綱にぶつかった。横綱は、がっしりオレを受け止めた。
オレは、渾身の力を込めて横綱の体を押した。
地面に投げつけてやろうと思った。
でも、横綱は山みたいにでっかくて、ずっしりしていて、微動だにしないんだ。
ちくしょう!!
オレは何度も何度も横綱に向かっていった。
横綱はでっかい胸にオレを思う様ぶつけさせ、力を入れて押すオレを受け止めた。
ちくしょう!!
がむしゃらに向かっていった。
力がなくなって、へとへとになるまで・・・。
くそーっ!
ちくしょうーっ!
ぶつかっていく度にオレをがっしり受け止めてくれる、
力強くて、暖かい、横綱の胸・・・。
「うわああぁぁん!ねえちゃーん」
「もういい、もういいよ、葉太。強かったね!ねえちゃん、見てたよ、葉太の強い所!」
「横綱!待ってろよ!オレが大きくなって、おまえを土俵下に叩き付けてやるからな!
それまで、引退するんじゃないぞ!」
横綱は、オレに手をあげて、ニッと笑うと去っていった。
とうちゃん・・・・・・。
オレ、とうちゃんってしらないけど、もしいたら、あんな感じかな。
それからしばらくして、横綱・かぼちゃ山の結婚パレードがにぎやかに行われた。
老いも若きも、みな、若い二人の前途を祝福した。
わたしは、遠くから、一目ふたりの姿を見ただけだった。
おめでとう。横綱。
おしあわせに・・・・・・。
わたしはいま、あなたと同じくらいしあわせです・・・・。
「お相手は、横綱と同出身の、みやこかぼちゃかぼえさん。
おふたりは幼馴染みで、子供の頃はかぼえさんの方が強かったとか笑いながら話していました。。
横綱はかねてから、横綱に昇進したらかぼえさんを迎えに来ると約束していたそうです。
横綱は故郷でも、欅の木の下でてっぽうをうつ練習をしていたそうです」
あの、欅(けやき)の木の下で・・・・・・。
し~んとする中で、
「さあさあ、もう、ごっこはおしまい!ねえちゃん、お掃除が残ってるからね」
ねえちゃんは明るく言い、奥の部屋へ入っていった。
なんとも重い空気の中で、オレ達はのろのろとチラシの花吹雪を片づけた。
こんなこと、するんじゃなかった。
「だいじょうぶかな、ねえちゃん・・・・」
「だって、かなり、横綱のことを・・・・」
沈黙が続いた。
オレ達は、どうしたらいいんだ?
ひとりが、言った。
「だいじょうぶさ!案外、ケロッとしてたし!」
「わらってたしな」
誰もがねえちゃんの心の傷が深くないことを願った。
そうだ。ねえちゃんは、強いんだ。だいじょうぶだ。
オレ達は、それを信じるしかない。
そういえば、ねえちゃんっていつも気丈だよな。
どっちかっつうと、肝っ玉かあちゃんってタイプで。
ねえちゃんが泣いたのって、
・・・・そうだ。
オレが、夜中まで帰らなかった時だ。
ねえちゃんが泣く時って、相当な時なんだ。
オレは、宿題のノートを取りに奥の部屋へと通りかかった。
そして、その時、ねえちゃんがこっそり泣いているのを見てしまった。
ねえちゃん
ねえちゃんを泣かす奴は、オレがゆるさん!!
野菜国技館だ!
横綱は、野菜国技館にいる!!
ねえちゃんは、今日も元気だ。きらきら光る目で朝ご飯を作ってくれる。
いつもねえちゃんは笑顔だけど、最近はもっと笑顔だ。
包丁を持つ手も、トントンリズミカルで嬉しそうなんだ。
ねえちゃんが笑うと、オレたちも嬉しくなる。
ああ、ねえちゃん、こうやって、横綱の朝ご飯、作るんだろうな。
いままで、オレたちを育てるのに大変だったろうな。
幸せになってくれよな、ねえちゃん。オレ達は、大丈夫だからさ。
横綱の真似して味噌汁を飲むフリして、思いきり声を低くして言ってみる。
「あ~、今日の味噌汁は、豆腐か。うまいな、紫」
ねえちゃんは、目を丸くして、「何言ってるの!」と手を振り上げるけど、すっげえ嬉しそうなんだ。
あんまり嬉しそうなんで、どんどんみんな止まない。
「あ~、式はいつにするかな。紫」
なんて、みんなすっかりねえちゃんは横綱と結婚する気になっていた。
これから、相撲観戦にみんなで行くようにして、横綱とどんどん親しくなって、
ねえちゃんを知ってもらうんだ。絶対、好きになるよな?
ねえちゃんなら、しっかりしてるし、家事料理洗濯、どんとこいだし、面倒見だっていい。
相撲部屋のおかみさんだってこなせるぞ!
洗濯物を取り込む時なんて、お嫁さんコールの大合唱。
気分を出そうと、チラシを細かくちぎって、花吹雪のようにねえちゃんにふりかける。
アレ、ライスシャワーっていうんだっけ?
なんでもいいや。とにかく、花嫁さんを祝福するのにかけるだろう?
そこに、テレビからアナウンサーの声が流れてきたんだ。
「ニュースをお伝えいたします。
今日、人気の横綱かぼちゃ山が婚約を発表しました」
田舎から出てきた。わたしはかぼちゃのかぼえ。
横綱・かぼちゃ山とは同じ茨城の出身。ついでに言うと、幼なじみだ。
今横綱のかぼちゃ山は、甘みと舌触りのいい稲敷市の「えびすかぼちゃ」。
わたしはほくほくあま~い古河市の「みやこかぼちゃ」。
かぼちゃっつってもいろいろあるんだよ。
そんでも、町は広いなあ。電車に乗ったら間違いなく来れるからって
横綱は言うけど、電車を降りた後は、どうしろって言うんだろか。
おろおろしてたら、急いでる人に背中がぶつかっちちまって、転んでしまった。
ああっ、わたしがとろいもんで、申しわけねえ!
すると、通りすがりの人が親切に声をかけてくれた。
なあんて、きれいな人なんだぁ。これが噂の、紫キャベツか。
わたしは、見とれちまった。
美しいだけでなく、心もやさしい人だなあ。
「だいじょうぶです。どうもありがとうございます。田舎から出て来たんだども、
あんまり駅が広いんでまよっちまったんです」
「どちらに行くの?ご案内しましょうか?」
「わたし、野菜相撲国技館に行きたいんです」
「あら!それでしたら、ちょうどここからバスが出てますよ。こちらにどうぞ」
「ああ、ありがてえ。ありがてえ」
わたしたちはうちとけて、バスまでの短い距離をおしゃべりしながら歩いた。
まるで、以前から知り合いの友達みたいに。
「ああ、ここだ!」
わたし(紫キャベツ)はその日のことを一生忘れないと思う。
その人は、何度もお礼を言って、オレンジ色のバスに乗り込んだ。
こぼれるような笑顔の、かわいい人。
それは、横綱・かぼちゃ山のお嫁さんになる人だった。