それは灰色の雲が空を覆い尽くし、今にも雨が降りそうな金曜日の午後。大学3年生にもなるA男はいつもの通学路を歩いていた。そこは狭くもない、広くもない道路があり、それに沿うように歩道が伸びている。その外をさらに囲うように川が流れているというどこにでもある様な道であり、A男からすれば、春に新しく買った背広を着て、緊張の面持ちで歩き始めた大学生1年のあの頃から慣れ親しんだ道である。

 A男はいつものように耳にイヤホンをつっこみ、好きな音楽を聞きながら歩いていると、なにやらいつもと違う、違和感に苛まれた。向こうから歩いてくる人たちが歩道を歩かず、車道にはみ出てこちらへ歩いて来ているのだ。何かおかしい と思ったA男は少し歩いた後

その原因に気づく。いつもの道。春だろうが、夏だろうが、秋だろうが、冬だろうが、コンクリートか何かで塗り固めて作った何の面白みもない道にぽつん。と黒い塊が落ちていた。少し離れたところから見ると大きさは折りたたみ傘ぐらい。そう、黒い折りたたみ傘が落ちているのだと思った。1歩、また1歩近づくにつれ、A男の予想とは違った異形な物の正体が分かってくる。

 カラスの死体だった。そう分かったときにはA男は思わず走って逃げ出したくなった。そうか、この死体を避けてみんなは歩道を歩かずに車道に出てたんだ。そうA男は思った。思考が冷静になっていき、状況が判断できるようになってもう1つのことに気がついた。イヤホンの外から何かが聞こえる。断末魔とも歓声とも、叫びにも騒音にも聞こえる何かの音。もうすぐ選挙の時期かな?そう思ったA男だったが、A男はあいにく選挙や、政治に一切興味を持たない若者であった。外から鳴り響く音に無意識にA男はイヤホンを外す。

 鳥肌が立つ。先程まで選挙カーでも走っているのか、騒ぎ立てる人がいるのかと思われていた環境音は近くに乱立している電信柱の電線の部分にとまっている無数のカラスの鳴き声であったのだ。またもギョッとする…だが2度目は少し冷静であった。A男は思ったのだ。これは死んだカラスを他の生きているカラスが泣いて悲しんでいるのだと。人にも惜しい人を亡くしたという言葉があるように、惜しい仲間を亡くしたからこれほどに仲間が集結し、傍に居てやれはしない。電線の上からではあるが弔っているのだと。そう思った。昨日まで全く関わったことも育てたことも。愛着が沸いたことも、気にも止めていなかった「カラス。そしてその死」に触れた今日、A男はなぜだか少し悲しい気持ちになった。そしてA男は心のなかで「俺は埋めてあげる勇気、こんな事を言うのは悪いが死体を触る勇気もない。だからせめて心のなかで手を合わせる事だけはさせてくれ。」そう思ったのであった。そして、大学の授業の時間が迫っていることに気がついたA男はその場から走りだす。今日は何故かカラスが多いなぁ…そう思いながら大学へ無事到着し、授業をうけた。

 授業もおわり、家へ帰るためにまたあの通学路を通り、帰る。そしてあのカラスがいた道へ出てきた。カラスな死体はなかった。

 …そういえば、カラスに限った事じゃないけど、道端とか道路で死んでいる動物って誰が処理するんだろう。素朴な疑問が出てきた。あーあ、今日は鶏肉食えねぇや。A男は思った。