格好つけずに、両手を広げて、上手く転ける。
アリサ・リュウ。可愛い笑顔であの演技に、キュンときました。けど、私——フィギュアスケートのテレビ中継を、見ることができない時期がありました。うらやましくて、悔しくて、悲しくて。人生でこんなにうらやましいと思ったこと、これが1番と言っていいくらいです。うっとりして見られるようになったのは、20代後半になってからだったかなぁ。結構長く、引きずってました。遥か昔の話です。わたし、小3から高2まで、フィギュアスケートをやっていました。フィギュアスケートって、結構お金がかかるんですよ。マンツーマンでコーチについてもらうと、30分3,000円〜5,000円。ボランティアで教えてくれている先生がいたので、わたしはその先生にこびりつくように、しつこく必死に教えてもらっていました。定期的に、次の段階へ進むためのオーディションがあるんです。それに合格すると——同期の友達に口をきいてもらえなくなる現象が起きていました。なんで合格したのに、みんなが急に冷たくなるのか。あの頃はわかんなくて。朝4時に起きて、自転車で1時間かけてスケート場に向かいました。他の子はお母さんに車で送り迎えしてもらって、レッスン中もリンクの外で上から下までのコートを着て見ていて。「どうしてあなたはお母さん来ないの?」監督にも言われたし、他のお母さんや同期の子にも言われた。「なんだかあの子はちょっとかわいそうな子ね」というような空気があって。その時は全然気にしてなかったけど、今思うと—— 本当は傷ついてたんだと思う。両親が離婚して、借金も大変で、通い続けることが難しかったんですよ。それでもアルバイトしてでも通うって思ってたんだけど、だんだんと自分のことは自分でしなきゃいけなくなっちゃって。毎日アルバイトをする日々になっていきました。アリサ・リュウが言っていたんです。「私はスケーターをライバルとして見ていない。独立したアーティストだから」って。それを聞いたとき、めっちゃ素敵と思っちゃって。実際に彼女のスケートを見に行きたいなぁって思いました。そうそう、思い出したことがあって。当時、スピンやジャンプを早く教えてほしいのに、なかなか監督は教えてくれなかった。まず、こけ方の練習をするんですよ。上手にこけることができるまでは、本番の練習には入れない。こけ方が上手になる前は、リンクの周りを100周回るのが儀式になっていて。ノリノリの音楽がガンガンかかって、冷たい空気が頬にビリッとして、胸が熱くなって。すいすい滑るリンクの上で、なんだか自由な自分になれた。あの時の快感は、今でも忘れられません。監督によく言われていました。「うまく滑ろうとか、格好よく見せようとか、するんじゃない。余計それが格好悪い。こける時はオーバーにいけ。手を広げてこけるんだ。変に自分を守ろうとして肘や膝をついたりしない。全体で衝撃を吸収すると、怪我を防げるんだ」何回も何回も、こける練習をさせられました。素敵な演技をしたいのに、って思ってたけど——本当に怪我の多い競技で、後頭部を打って意識不明になった選手たちを、監督は何人も見てきたんです。「格好をつけるな。ちゃんと技ができたら、格好は後からいくらでもつけられる」できもしないのに最初からやりたいことばかりで、技を適当に覚えて怪我をする選手がたくさんいて。監督は、特に格好をつけることを非常に怒りました。つまずきそうになると、いまだに私は両手を広げる。少し大げさなくらいがちょうどいい。みっともなくても、怪我をしないほうがいい。人生も案外、同じかもしれない。うらやましさも、悔しさも、格好悪さも、全部まとめて受け止める。変に守ろうとすると、かえって、深く傷つく。格好よく生きようとしなかったことだけは、私のささやかな誇りである。氷の上で学んだのは、跳び方よりも、転び方だった。そしてたぶん、それでよかったのだと思う。